昨日6月19日は太宰治没の桜桃忌
やはり雨であった。
何を今さら太宰治でもないが何故か反応する。
「斜陽」の冒頭は高校時代には暗誦するほどに耽溺。
昭和30年代には「青春のバイブル」的存在であった。
思い込みの強さから就職試験の愛読書蘭に「人間失格」と
書くのをためらった。当然書かなかった。
マイナーな人間との評価を恐れた。
太宰同様に自意識過剰の傾向が大であった。
高校時代などというものは誰しも自意識過剰であったかも知れない。。
敢えて無難な有島武朗の「一房の葡萄」と記した。
ふと半世紀近くも昔の記憶が蘇った。
青臭く悩める青春の日々には今なお太宰がよく読まれるようだ。
紫陽花アナベルも雨を得て毬の嵩を増しつつある
アスチルベも色が濃くなってきた