Glaciation Limit -3ページ目

Glaciation Limit

-When a blaze occurs in the driftless area-

 少し考えて思い当たったらしい。赤毛の男は頷いた。

「云い間違えたかもしれないが・・・それがどうした」

「きみは云い間違えたりしない。なにしろ一度も俺を『アンバー』とは呼ばないからな」

 くせ毛の男は決めつけた。

「・・・」

「きみとリョーカは少しべったりし過ぎだよ。見ているこちらが不安になる」

「・・・」

「精神的にさ。おかしいだろう?世界にたった二人しかいないみたいに」

「お前はいったい何を見てそんなことを考えた?私は忙しくてこれにめったに構ったりしない」

「べったりしたっていいが、どうも気味が悪くてね」

「よろしい」

 「気味が悪い」とまで言われたので、赤毛の男は、少し多めに説明する気になった。

 くせ毛の男は相手の言葉を待った。

「呼び名などささいなことだ」とまず赤毛の男は云った。

 くせ毛の男は必ずしも賛成ではなかったが黙っていた。

「先ほど『甘い』とか云ったな。私でも、他人を甘やかすことくらいはできる。救うことはできないとしても」

 くせ毛の男は気楽な調子で、「誰だってそうさ」と応じた。

 赤毛の男は続けた。

「例えば、私は川で溺れている。そこに子供が・・・リョーカが飛び込んできてやはり溺れたとする。リョーカは何も知らないで溺れているが、私は、水の流れが急すぎて岸辺の藁をつかんだくらいでは助からないしことも、流される先が途方もない断崖絶壁で、いずれ底のない滝つぼに真っ逆さまに飛び込む羽目になることも知っている。私に何ができる。その子供に向かって、せいぜい優しく、もうすぐ楽になるから心配するなと云ってやるくらいだ」

「・・・『せいぜい優しく』ね・・・それだから、『アリョーシェンカ』?」

「どうしても理由を云えというなら」

「俺が一緒に溺れている場合は」

「道連れとして悪くない」

 赤毛の男は愉しそうに答えた。

 くせ毛の男は二コリともしなかった。寝ている少年のデスクの隣の椅子をのろのろと引いて腰掛けて赤毛の男を見上げた。

「俺なら一応藁をつかむし・・・気が向いたら跳ねてみるけどね」

「・・・ノミの話か?」

「きみは何でも分かっているようで、簡単なことを分かってないぞ。きみもリョーカもあんまり怠け者で、考えなければ努力もしないからな。誰も箱から出られないよ」

「箱とは何だ」

「何でもいいさ」

「一応訊くが、お前はどうなんだ?」

「俺はとっくに手遅れ」

「では私のことも放っておけ」

「他にしようがないらしいな・・・」

 くせ毛の男は相変わらず歯切れが悪かった。

 赤毛の男は苦笑した。

「お前の云いたいことは分かっている」と云った。

「無駄なことから価値が生じることがある。予測は予測でしかない。未来は作るものだ・・・とか?・・・涙が出るな」

 そして初めて見ることに、腹を抱えて笑いだした。

 くせ毛の男は盛大にため息をつくしかなかった。

 半分腹いせに、隣でいつまでもぐっすり寝ている少年の頭に顔を近づけ、「リョーカ!いつまで寝ている!」と大声を出した。

 少年はびっくりしてデスクから身を起こした。心地よい眠りを妨げたのは一体何者かと訝しむように周囲をきょろきょろと見回した。最初に赤毛の男に気づき、とたんに椅子を後ろへ跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。

「Сколько времени?(何時ですか?)」」と云った。

 赤毛の男はおもむろに左腕を持ち上げて腕時計を見た。

「Девять часов.9時)」

「・・・」

「Ты хорошо спал прошлой ночью?(よく眠れたか?)」

「意味が通じない言葉でしゃべるな」

 横からくせ毛の男が注文した。

 少年は反対側を振り返り、隣のデスクに落ち着いているギャラリーを見下ろした。英語に切り替えて、「何をしてる」と云った。

「きみを起こしているところだ」

「きょうから休暇のはずだな――映画館の上映時間に間に合うか?」

 赤毛の男が尋ねた。

 少年は再び赤毛の男の方を向いた。

「・・・いいえ・・・別に・・・映画は・・・」

 きまり悪そうに口の中で云いながら少年は周囲をうかがうように視線を彷徨わせた。