こんばんわ
moeuhane365です
久しぶりの投稿です。氣がつけば2ヶ月近くブログの更新していませんでした
最近、本当にあっという間に時が過ぎていきます。
はじめての方は自己紹介記事を読んでもらえたら嬉しいです
さて、皆さんはいかがお過ごしでしょうか
今日は、ここ数日思ったことがあって、ブログに書きたい
って思ったので久々に書いてみます
悟った人は偉いのか。
スピリチュアル的な能力が高い人は偉いのか。
波動が高い人は偉いのか。
って、話。
そういう人って、すごいとか特別とか思われがちだし、自分自身でそう思っている人もいるような氣がする。
私も、悟るということや、スピリチュアル的な能力を開花させることってなんだかすごいことに思えて、ものすごく憧れていました。
ところが、最近、私自身にそういう素質がある、そういう能力がもうすぐ開花する、ということを思いがけ無いところで何人もの方に言っていただけるようになり、私自身もまた違うステージに進む感覚があってすごく不思議な氣分になったんです。
今まで自分が憧れていた状態が、いざ自分自身に訪れるとなると、ものすごい違和感。
「あれ
そんなにすごいこと
特別なこと
そうなった先に何がある
」
心の中に浮かんだ違和感にとことこん向き合ってみました。
それで私が行き着いたのは、何も特別なことでは無いということ。
当たり前なのかもしれないけれど。。。
私は、ものすごく特別視していて、そういう人はすごい人なんだと勝手に思っていたことに氣がついた。そして、私もその「すごい人」「特別な人」になりたかったということにも氣がついた。
でも、いざ自分がその立場になると思ったら、ぜんぜん特別でもないし、すごいことでもなかった
笑
ここ数日で、出てきたイメージがあって。。。
数人が川に流されていて、川岸を目指してるんだけどなかなかたどり着けない。
その中で先に川岸にたどり着いた人がどうするか
自分さえ助かればそれで良いと思う人。
自分が先に助かったからお前を助けてやってるんだと言わんばかりに、自分の活躍を恩着せがましくアピールしながら、まだ川にいる人に手を差しのべる人。
自分が助かったことに感謝しつつ、まだ川にいる人たちが一人でも多く助かることを最優先に、できることをする人。
いろんな人がいる。
けれども、そもそも先に陸にたどり着いた人は優れているのだろうか
偉いのだろうか
別にそういうことではないと思う。
たどり着いた後、どうするか
ということの方がよっぽど大切。
スピリチュアル的な能力だったり、悟ることだったりも同じことなのかなって。
先に陸にたどり着いた人たちが引き上げてくれていて、自分も陸に上がれたときに、自分ができることをするだけなのかなって。
でも、川を流されているうちに緩やかな流れを見つけて、そのままゆっくり泳ぐことを決める人もいるかもしれないし、流された先に海があることに氣がついて海を目指すことを決める人もいるかもしれない。

だから、陸に上がることだけがいいということでもない。
それぞれの人にとっての最善というものがある。
最善のタイミング。
最善の才能。
最善の役割。
だから、自分が進みたい方向に、先にたどり着いている人を見本にすればいい。そして、先にたどり着いて引き上げてくれている人たちに、素直に感謝して、そのときそのとき、自分ができること、やりたいことをやっていく。
同じ方向を目指している仲間たちと繋がって、できることを持ち寄って、ともに最善の才能を伸ばし合っていく。
ただそれだけのことなのかなって。
そう思ったら、なんだか無限の可能性を感じた![]()
ずっと、人との関わりに苦手意識があったけど、人と関われるってとても素敵なことで、これからもたくさんのご縁を紡いで生きたいなって思いました![]()
誰かがすごい、どういう能力がすごいってことではなくて、みんながすごい
みんなが特別![]()
だから、私も含めて、みんなそれぞれが才能を伸ばしていけたら楽しいな![]()
でわ、今日はこの辺で。
おやすみなさい![]()

