生きる屍、死に体、PTA。


PTAというものの成り立ちを知ると、ほんとに時代に合ってないなあと思います。話せば長くなるので関心ある方は調べてみてください。もういっぱいあるから。ざっくり、ほんとにざっくりだけど、戦後です。PTA組織が出来上がったのは。明治から日本に存在した保護者会(裕福な保護者が貧しかった学校の補助をするために活動していたもの)とごっちゃになってなんとなく強制加入になり経済的にも時間的にも余裕のあった人たちによるボランティアであったはずのものが全員参加になった。


それでも戦後から経済成長期にかけての日本はまだ母親は家にいるもの、だったのです。なので仕事で家にいない父親の代わりに母たちがPTA活動を担ってきました。


時代は流れて現代は専業主婦などというものはもはや絶滅危惧種。ほとんどの家が共働きという現代に、昔と同じ活動が出来るわけがありません。それなのに、旧態依然とした活動内容をただダラダラと引き継ぎ、仕事しているからできない、なんていう人には「みんなの前でできない理由を述べてもらいます」なんて圧力をかける。でも当たっちゃった人だって平日の出勤前の忙しい時間や真っ昼間に職場を抜けて出てこれる人はそうそういないでしょう。必然的にブッチするひとだって出てくるわけですよ。


あくまでも任意加入団体であり、やりたいと思って喜んでやれる人たちが活動の主体になるべきであり「自分だってしんどいしめんどくさいけどやってる。仕事してるからってやらへん人はズルい」という動機から無理無理に仕事を作り、みんなもやれよ、的なことをいうのはおかしいと思うのです。しんどいと思えばやめたらいいんです。


わたしも1年本部役員をやりましたが、「なんでこんなことズルズル引き継いでんだバカバカしい」と思うことがいっぱいありました。でもそれがわかった頃には時間切れ。かといってあんな激務を何年も続けてやれるほど余裕はありません。


なので、ことあるごとにアンケートなるものが来た時にはそのように申し立て、あくまでもボランティアでやるものであり、PTAには矯正する権利などないということを言い続けています。嫌な奴、と思われてるかもだけど必ずなかには「そうだよね」と思う人もいるはず。そういう人たちと少しずつでも変えていけることを願っています。