フェミニズムって?
ちょっとお久しぶりになりました。なんやらかんやらと忙しくて暇な時間はぼーっとTwitter眺めてたりしてネタを考えておりました。
わたしのTLで多いのはもちろん猫界のかたたちなんですが、次いで多いのが女性問題についてよく考察しておられる方々かもしれません。そもそも女性問題ってなによ?と言われる方も多いでしょうね。わたし自身そうでしたから。女の幸せとは結婚して子供を産み育て、専業主婦として家のことを切り盛りしてオットを支え・・云々・・
そういうイメージこそ恐らくは「エセフェミニスト」と呼ばれる人たちによって作られた幻影の刷り込みによるものでしかなかったのでしょう。「エセ・・」とはつまりフェミニズムの皮をかぶってはいるけれど実際のところフェミニズムをよく理解していないか、もしくは実際は「ミソジニスト」と呼ばれる女性嫌悪主義者、女性蔑視の傾向の強い人たち、ということですが。
「フェミニズム」というと女性の権利を声高に主張してはばからず、政治家として男性政治家と真っ向から丁々発止のやり取りをしてみせたり、大学教授として男勝りをウリにテレビ討論会などで喧々諤々の論争を発展させたりしているあの方やあの方やあの方たち・・を思い浮かべるかもしれません。
わたしもそうでした。そして同じ女性として「あんなふうになりたくない」「フェミニズムなんて女性たちは実際求めていないのに」と思っていました。
世の中は男性中心に回ってる?
オットが転職を考えるようになって何年か経ち、そろそろ年齢的にももうこれがギリギリのところ、という時期にさしかかってきました。そして最近、これが最後のチャンスかもしれない、というほどいろいろな面で条件がいいと思える紹介があり、オットもわたしもどうせ今の職場に残るにしても移るにしても賭けに変わりないのならやってみるか、というところまで話は進んだのです。
ところが
ここへ来て日曜日は休みが取れない、ということが判明。それはとても困ります。なぜなら、1年ほど前からわたしも仕事を始めていますが、職場がスーパーであるため土日のどちらか出勤するというのが条件でした。そしてわたしはオットが日曜日は確実に休みだったため日曜日をシュフ交代の日として出勤することにしたのです。
働き始めて1年余。今では自分で言うのもなんですが戦力として期待されており、日曜日にわたしが出られなければ誰かが代わりにでなければなりませんが、わたしのしている仕事を誰もができるわけではないので、そレができる少数の人たちに非常に大きな負担がかかります。それゆえに私用で日曜日に休むことは極力避けているほどです。
それなのに。転職先の会社はいとも簡単に言うのです。「奥さんのパートを調整できませんか?どちらの方がプライオリティーが高いか考えてみたらおのずと答えは出ますよねえ」と。
その言葉の裏には「子供の面倒を見るのは女の仕事やろ。たかがパート、日曜日は出られへんようになったって言えば済むことやろ」という態度が見え見えです。
「子供の面倒みるのは女の勤め。オットの仕事がしやすいように全力でサポートしてなんぼ。女のパートなんか屁でもない。そんなものなんの価値もない」
これこそが「エセフェミニスト」「ミソジニスト」の言い草です。エセフェミニストはいかにも「自分は女性の味方ですよ。弱い女性をボクたちは全力でお守りしますよ」と見かけは優しげなのでよりタチが悪いとも言えます。
最終的に決めるのはオットであり、その責任もオットが取るので結論が出ればそれに協力は惜しみませんが、わたしも自分の仕事をいい加減に考えているわけではありません。レジのおばちゃんとしてのプロフェッショナルを目指して奮闘しているのですからそこは譲れません。
そこははっきり「ノー」を伝えた上で、オットがどう判断するかですが、世の中男の人に対しては物分りのいいことを言っても、それはまだまだ奥さんたちの犠牲を当然のものとして成り立つものなのだということを感じた一件でした。
ひさしぶりに書いたエントリ、なんだかフェミニストの雄叫びのようになってしまった。いい添えておきますが「フェミニズム」とは女性の本来持っている権利をもともとあったようにあるべき姿で行使していいいんだよ、という考え方です。「ウーマンリブ」や「女権拡張論」とは違うものだということを申し添えておきます。
ちょっとお久しぶりになりました。なんやらかんやらと忙しくて暇な時間はぼーっとTwitter眺めてたりしてネタを考えておりました。
わたしのTLで多いのはもちろん猫界のかたたちなんですが、次いで多いのが女性問題についてよく考察しておられる方々かもしれません。そもそも女性問題ってなによ?と言われる方も多いでしょうね。わたし自身そうでしたから。女の幸せとは結婚して子供を産み育て、専業主婦として家のことを切り盛りしてオットを支え・・云々・・
そういうイメージこそ恐らくは「エセフェミニスト」と呼ばれる人たちによって作られた幻影の刷り込みによるものでしかなかったのでしょう。「エセ・・」とはつまりフェミニズムの皮をかぶってはいるけれど実際のところフェミニズムをよく理解していないか、もしくは実際は「ミソジニスト」と呼ばれる女性嫌悪主義者、女性蔑視の傾向の強い人たち、ということですが。
「フェミニズム」というと女性の権利を声高に主張してはばからず、政治家として男性政治家と真っ向から丁々発止のやり取りをしてみせたり、大学教授として男勝りをウリにテレビ討論会などで喧々諤々の論争を発展させたりしているあの方やあの方やあの方たち・・を思い浮かべるかもしれません。
わたしもそうでした。そして同じ女性として「あんなふうになりたくない」「フェミニズムなんて女性たちは実際求めていないのに」と思っていました。
世の中は男性中心に回ってる?
オットが転職を考えるようになって何年か経ち、そろそろ年齢的にももうこれがギリギリのところ、という時期にさしかかってきました。そして最近、これが最後のチャンスかもしれない、というほどいろいろな面で条件がいいと思える紹介があり、オットもわたしもどうせ今の職場に残るにしても移るにしても賭けに変わりないのならやってみるか、というところまで話は進んだのです。
ところが
ここへ来て日曜日は休みが取れない、ということが判明。それはとても困ります。なぜなら、1年ほど前からわたしも仕事を始めていますが、職場がスーパーであるため土日のどちらか出勤するというのが条件でした。そしてわたしはオットが日曜日は確実に休みだったため日曜日をシュフ交代の日として出勤することにしたのです。
働き始めて1年余。今では自分で言うのもなんですが戦力として期待されており、日曜日にわたしが出られなければ誰かが代わりにでなければなりませんが、わたしのしている仕事を誰もができるわけではないので、そレができる少数の人たちに非常に大きな負担がかかります。それゆえに私用で日曜日に休むことは極力避けているほどです。
それなのに。転職先の会社はいとも簡単に言うのです。「奥さんのパートを調整できませんか?どちらの方がプライオリティーが高いか考えてみたらおのずと答えは出ますよねえ」と。
その言葉の裏には「子供の面倒を見るのは女の仕事やろ。たかがパート、日曜日は出られへんようになったって言えば済むことやろ」という態度が見え見えです。
「子供の面倒みるのは女の勤め。オットの仕事がしやすいように全力でサポートしてなんぼ。女のパートなんか屁でもない。そんなものなんの価値もない」
これこそが「エセフェミニスト」「ミソジニスト」の言い草です。エセフェミニストはいかにも「自分は女性の味方ですよ。弱い女性をボクたちは全力でお守りしますよ」と見かけは優しげなのでよりタチが悪いとも言えます。
最終的に決めるのはオットであり、その責任もオットが取るので結論が出ればそれに協力は惜しみませんが、わたしも自分の仕事をいい加減に考えているわけではありません。レジのおばちゃんとしてのプロフェッショナルを目指して奮闘しているのですからそこは譲れません。
そこははっきり「ノー」を伝えた上で、オットがどう判断するかですが、世の中男の人に対しては物分りのいいことを言っても、それはまだまだ奥さんたちの犠牲を当然のものとして成り立つものなのだということを感じた一件でした。
ひさしぶりに書いたエントリ、なんだかフェミニストの雄叫びのようになってしまった。いい添えておきますが「フェミニズム」とは女性の本来持っている権利をもともとあったようにあるべき姿で行使していいいんだよ、という考え方です。「ウーマンリブ」や「女権拡張論」とは違うものだということを申し添えておきます。