兵庫県西宮市 甲山の神呪寺(かんのうじ)には、
それは、それは美しく、ただならぬ気品にあふれた
『如意輪観音』さまが、お祀りされています。
神呪寺(かんのう)とは、感応という意味もあり、
恋愛を意味する言葉でもあります。
(阪急甲陽園駅下車 阪神バス 20分程度)
(阪神西宮駅 阪神バス 50分程度)
この如意輪観音さまのモデルとなられましたのは、
真井御前です。
桜の大木で彫刻された如意輪観音は、まるで
生きているようです。
真井御前は、一の宮籠神社の神官海部氏の娘として
お生まれになり、10歳にして京都の六角堂にて
真言の修行をされておられた時に、弘法大師 空海と
出逢ったようです。
このお寺の周辺は、甲山大師といい空海をしめしています。
最初は子弟関係であったふたりですが、いつしかそれを
超える関係となったようですが、美しく、気品のある真井御前は、
時の天皇である淳和天皇の第四妃として見初められ、宮中にて
迎え入れられました。
そこで、真井御前の名をいただかれたのですが、
宮中の暮しはとても厳しく、6年後には兵庫県西宮の
甲山(かぶとやま)に逃れ、弘法大師 空海の力により、
33日で、神呪寺のお堂を建立されました。
その時、空海は、真井御前をモデルし、如意輪観音像を
情熱おもむくまま、33日で彫り上げます。
毎年、4月には、真井御前の姿を彷彿させるように
美しいさくらが、境内に咲きほこります。
真井御前ですが、その後、33歳の年で、
如意輪観音呪を唱えながら、自らこの世を
去られました。
その翌日に、空海は入定するのです。
空海が『縁』について、こう、語られています。
『哀しくって、哀しくって。
言葉で言い尽くせないほど哀しくて哀しい。
悲しくって、悲しくって、
心で表し尽くせないほど、悲しくて悲しい。
さとりをひらけば、何ものにも惑わされないと
いうけれど、愛する人との別れには、
涙を流さずにはいられなかったのです。』
真井御前のことを思いながら、この言葉を
残されたのでしょうか。
毎年、5/18 一年に一度 如意輪観音さま
が公開されます。
その前の、さくらの時期に、ぜひ、神呪寺の
如意輪観音像に逢いにいきましょう。
そして、恋愛は、悲恋の後に、こう、しるされています。
うれしくって、うれしくって、うれしくって
うれしくって、うれしくって、うれしい。
恋愛は、楽しいものと教えてくださいますよ。



