
第26回もえきゅんランチ揚げ春巻き弁当!
具沢山揚げ春巻き。
敷きキャベツの千切り。
インゲン豆とベーコン炒め。
ニンジンと切り干し大根。
ちいかわ振りかけ白米。
ずっずスープ。

春巻きを揚げ春巻きと呼ぶか論争有るみたいだけれど僕は呼ぶ派かな。基本的に春巻きは揚げ物だけれど生春巻きとかも有るしね。類概念と種概念の呼称だと思う。
具沢山揚げ春巻き。具材をたっぷり詰め込もうとして大きくなったのだろうなと萌えポイントw春巻きは美味しい、間違いない。おかわりして何個でも食べたくなる美味しさ!
しっかり食感のインゲン豆もベーコンも美味しかった!良い副菜。
大量に出来上がったそうな切り干し大根。若干中華風の味付けになったそうだけれど、ちゃんと切り干し大根で美味しかったよ。ニンジンも有って身体に良さそう。
安定の爽やかずっずスープ。
第26回も大変美味しかった!
今回のお召し物はりぼんちゃんからプレゼントされた服なのだそうで、ニットの服にもスカートにも随所に可愛さポイント散りばめられた大変素敵な衣装だった!とても良いね!
もえきゅんランチシールもデザイン変わって卵の美味しさを再認識した卵リスペクトなのだとか。卵も美味しいね!
もえきゅんランチ大好きだよ!幸せな味だった!
ごちそうさま!次もきっと宜しくね♪

NEEDY GIRL OVERDOSEアニメ化先行劇場版を観に行ってきた。
新宿と梅田のテアトルという映画館でしかやっていなくて大阪へ。

スカイビル、だったか空中庭園のあるこのビル。
3階と4階に梅田テアトルが入っていて、とてもオシャレな造りで小さな売店とビルの窓際にカフェ席があり、そのすぐ真後ろに劇場もある不思議な構造。オシャレなのにローカルな感じで、コアな映画とか沢山やっていそう。
上映時間までカフェで本を読んで、劇場に入ったら先に居た男の人に誰推しですか?と話しかけられた。特に誰推しとかではないです、と言いつつ入場特典のフィルムかと思い開けてみるとその人の推しを引き当てていて、トレードは可能でしょうか?と丁寧に言われたので快く交換してあげた。新キャラ達は映画で初登場の筈だけれど、何回か観ているのかな。何だかほっこりした。

たこ焼き3種盛り。塩、ネギポン酢、ソースマヨ。

元祖たこ焼きと、たこ焼きの前身だそうな牛すじとコンニャクが具材のラジオ焼きハーフ&ハーフ。

大阪に来たらたこ焼きを食べようと大阪駅近くにあるたこ焼き屋が5店舗集まるたこ焼きマーケットなる所に行った。美味しかった!
ニディガはアニメのオムニバス構成的な感じで、一応5章から成っていた。
パンフレットに制作者談義が載っていて、結果としてゲームとは又違う尖った内容にはなったと。制作に伴い所謂メンヘラさん達に取材したりもしたそうで、公式パンフには書けない様なこともいろいろ有ったそう。でも意外とそういう子達はてんちゃんのキラキラした綺麗な所しか見ていなかったりするそうで、自分達の様な一部のおじさんか理性的なオタク位にしか刺さらないのではないかと不安になったりもしたそう。
僕には刺さった。大変面白かった。

パンフレットの中の超絶最かわてんしちゃん。見れば見るほど、やね。✝昇天✝
てんちゃーん!
飢え、孤独、そしてインターネットエンジェルに。
オタクの人々が求めるものとあめちゃんが求めるものが一致して互いに互いをそうさせるのかなと。メイドさんがアイドルさんになっていくのもそんな感じだと思う。とかと思っていたのだけれど違った、少なくとも核心ではなかった。
映画、アニメでは既にてんちゃんは配信者としてダントツのトップになっている。
てんちゃんを叩く一般の人達やアンチも沢山いるけれどそんな風にしか生きられない人達だから受け止めるのだと。ただ死なない高さから突き落としてやりたくなるし、気絶しない所から生皮剥いでやりたくはなるのだとか。得てして一般ピープルはインフルエンサーを自分と同じ人間とは扱えず讃えるか貶すかしかできない、同じ人間だと思うと何故自分はああなれないのかと頭が狂うから。
自分の人気が永遠に続くとは思わない、自分の若さに商品価値が無くなれば辞めるし、世の中そんなものでしょうと。自分は好きにやっているだけ、だから何も隠さない。
配信をしていて本当に嬉しいこともある。オタク達は好きだ言ってくれても3ヶ月もすれば他の推しを見つけるものだとしても。
それでも求められる限りインターネットエンジェルとしてオタク達全てを救済する天使でいるのだと。
決して人々の求めも自分自身も美化していないし寧ろかなり冷ややかに洞察している。それなのに救済に迷いが無い。求められているものの認識と与えようとしているものが一致しない。
一応Pも登場していてあめちゃんはこの世界にPが居てくれるから頑張れるともはっきり言っているし、抱きついたりもする。けれどもPはブラウン管の砂嵐の様な影として映されているだけで喋らないし動かない。実在しているのかあめちゃんの妄想か不明だし、生死さえ不明でかなり不穏な影。
作品には作者が表れる、といって作品の結末とか主要登場人物の言動に作者の価値観や願望が反映される筈なのだけれどね。てんちゃんが何でできているのか読み取れなかった。僕の眼が届かなかった。
パンフレットにも書かれてあるけど超てんちゃんは内面が読み取りづらいキャラで、時として超てんちゃんという概念と向き合っている様な感覚になるのだとか。確かに。一抹の寂しさと同時に益々興味を駆り立てられる。
劇中にあめちゃんの過去編もあった。あめちゃんが小学生の時にお祖母ちゃんの家で暮らすことになり、ある日の深夜衝動に駆られて家を抜け出す。山の中を走り抜けながら救いを何度も願って玩具の魔法のスティックを握り締めて崖から飛ぶシーンがあった。半分夢なのか、インターネットエンジェルの様に光を浴びながら騒々しい沢山の看板を背に華麗に着地する。救いを強く意識していた印象深いシーン。救済願望。
仮説だけれど自分に向けられた好意を材料としててんちゃんの中で何かとても良いイメージが生成されるのではないかと思う。例えその好意が粗末なものでもそれはその時の真実であり可能性でもある。それが良い材料になるには条件があって、それはその人がその時だけでも、ネットの中でだけでも幸せであること。そうした好意から人の優しさとか暖かさとかが広がって、その中でオタク達も自分も穏やかで安心していられる。それはあめちゃんが欲したもので、原作者のにゃるらさんが望んでいるもの。そうした救済願望がインターネットエンジェルでありそのアビスなのではないか。
もう一度映画を観たいけれど大阪はちょっと遠いしね。かくなる上はと4月から始まるアニメを追うことにした。より詳しく描写される筈だから極めて興味深い。シンプルに又てんちゃんを見たいしね。
とかく面白かったし、てんちゃんが超絶可愛いかった!
けれどもかなり重いアニメにはなると思う。ひたすらに愚かなオタク達と普通に生きられない配信者達。リアルだからね。例え沢山の人が決めつけて人を叩いて悪口言っていたり、親が子供を虐げていたり、学校でイジメが横行したり、若い娘がヒモ男と付き合いパパ活していたり、閉じ籠もって切り刻んであ"あ"あ"と叫んでいたり、誰だって自分のことで精一杯でどうにもならないとしても、人は生きて人を求める。生は逞しいからね。それを呪いの様に感じることもあるだろうけれど、それなりに生を整えていけたら少しずつでも環境に適応していけるし、その分楽にもなれる。普通はそうしてとても長い時間をかけてもそうなっていくものだ。けれど今苦しいものは今苦しいのだろうね。度し難い。
パンフレットの終わりににゃるらさんが、てんちゃんはトップ配信者として達観した強い人に見えるけれど本当はとてもか弱い女の子で、世界中のPと承認だけが彼女の栄養になる。てんちゃんを助けてあげてほしい、とか言っていた。自分を支えられない者が人を支えたりすることはできないと言うしね、僕は僕の生を日々なるべく整えつつニディガアニメ開始を待つよ。
とても楽しい一日だった。
遍く命に祝福を♪
^_^