この本、立ち読みしたことあったけどちゃんと買ってじっくり読んだら本当面白い。
色んな視点で日本語が見直せるので、いいよ・ω・

日本人の知らない日本語

iPhoneからの投稿日本人の知らない日本語/蛇蔵&海野凪子

¥924
Amazon.co.jp




ここ数年、言葉にすごく敏感になっていると思う。今日はPCについて。


アメリカで学生と飲んでいたとき、色々あほな話ばっかりしてたんだけど、そのときにふとPCの話になった。
始まりは、Indian Burn。腕を雑巾絞りする (ぎゅーって絞る) ことを英語ではIndian Burnというらしく、それを教えてくれた学生が「でもこれはPCじゃないと思うから、あんまり良くないよ。」って言った。
PCは元々アメリカで始まった運動だから、やっぱり彼らの意識は高いと感じた。
日本でそういうことを意識している人ってどれくらいいるかな?


「人間の解放は決して言語学だけがやるものではないが、さまざまな社会形態をとりつつ、人々をそこにしばりつけ、あらゆる差別と偏見を生みだす動機になっている言語を相手にしている限り、言語の科学はその役割から逃れるわけにはいかない。」
-----田中克彦


この言葉に、私はとても共感した。
もちろん言葉なんて、母語であればなおさら、自分が小さい頃から使ってるんだから無意識な部分が多いと思う。でもそれが、時として知らず知らずのうちに差別や偏見の動機になりかねない。そしてその責任を、言語学や言語教育に携わる人が全て担うわけではないにしろ、少なくとも深く考えることや大事に扱うことは重要だと思う。

もちろん、少なからずの言葉は様々な運動を経て変わってきた。日本でのPC運動は90年代くらいから盛んになってきて、看護師、保育士、客室乗務員、認知症など、ようやく定着しつつある言葉もたくさんある。
でもなんだか私はまだまだ足りない気がする。

私はフェミニストでも何でもないけど、でも今使われてる言葉で疑問を感じるものはやっぱり多い。
代表的なものは、外人、主人、女医、などなど。
外人なんて、私はすごく嫌いな言葉。マットのことを誰かに話すと、「外人なんだ~」とか「外人ってさ~」とかいう人がいるけど、とても嫌。もちろんみんながみんな意識している訳じゃないし馴染んでいる言葉なのかもしれないけど、それだけでなんだか不愉快な気持ちになる。
まぁ、マットも自分のこと外人って言うけどねw


もう少しみんな言葉に敏感になったらいいのになぁと思う。
もちろん言葉は社会や文化や歴史と共に育ってきたものだからすぐに変わることは無理かもしれないけど、でも少しずつ、少しずつ言葉の力の重みを自覚して、みんなが意識をしながら変わっていったらいいんじゃないかなぁ。


その中での言語学や言語教育の役割ってなんだろう。私の一生じゃ果たせられそうにないなw
燃え尽き症候群...꒰๑•ૅૄ•๑꒱


明日から活動しよ。

photo:01




iPhoneからの投稿
昨日の夜は少し遅れたbirthday dinner♡


リクエストしたラザニアを作ってくれた!♡
photo:01




久しぶりの美味しいご飯しあわせ。

なんか久しぶりだから、たくさん色んなお話した。ゆっくりまったりして、the lazy Sundayして、しあわせ。

photo:02




今年も楽しい一年になりますように♡

iPhoneからの投稿