避難区域に残ったペット達の命を繋ぐため、本ブログで知り合った方達(紹介の紹介の紹介の・・・3人)と、昨日車2台に支援物資満載して、もう今では立ち入り禁止になってしまった(今日22日現在)福島原発の警戒区域に行ってきました。
今回僕の方でもフード類約100kg用意出来ました。
行く前夜にわざわざ自宅迄届けてくれたNさんや、今回も物資集めてくれたKさん達に感謝です。今回の仲間もそれぞれたくさんの物資を持参して来て・・・・全部積みきれませんでした。
残った分は後日茨城などの被災地へ届けて参ります。
いわき市経由で目的地に向かうと、皮肉にも桜が満開で、綺麗な里山が迎えてくれました。もう人間は入ってこれないのに・・・
広野町から富岡町に入ると、友人が貸してくれたガイガーカウンターは出発地の柏市の200倍以上の数値に・・・これがどういう事なのか僕達4人は理解出来てません。(最後の写真の第一原発入口付近では1000倍以上になりました)
いよいよ警戒区域(この時はまだ避難区域)に行くため、裏道へ・・・
しかし、こちらでも道路閉鎖してました。でもここで引換したら意味が無いので突破を図ります。
緊張の瞬間。
ボラ先輩が「〇〇の為に、双葉町へ行かなくてはならないんです」って言い切ったら・・・・通してくれました。
道が悪いから気を付けて下さいと言われ、同時にTV局(NHK)から取材を受けました。
人の気配がない避難区域に入ると、半野良化したワンコ達が寄って来ました。
猫ちゃんは寄って来ませんでしたが、キャットフード類はたっぷり置いて行きました。
シッポ振って嬉しそうに寄ってくる子も入れば、
帰ってこない(出来れば来て欲しいと僕も願いますが)ご主人様を、家でじっと待ってる子達も・・・
この日は立ち入り最終日だった為、飼い主が帰って来て餌をあげたり、鎖を外したりした形跡もありましたが(上記の写真の2匹がそうです)、その例は僅かでした。
フードと水は、出来るだけ軒下等の雨に濡れないところを選び相当な量を置いて行きました。
田圃の畦道や農道にいた子達には、路肩にフードごと置いて行きました。
この子も飼い主が帰ってくると信じ、おうちを守っていたようです。
食べ物がなくって普段食べ慣れない物(残飯・きのこ・雑草?等)を必死で食べて生きていたのか、お腹を壊してしまっていたようで自慢の綺麗なはずの長毛が酷く汚れてました。
もう飼い主が来ることは無いと先輩ボラさん達が判断し、今日預かって行くことにしました。前回友人Kさんが茨城から引きとってくれた「シェルティ君」にそっくりで、とっても良い子です。
(もちろん保健所にはちゃんと許可を得て連れて帰りました)
ペットだけでなく、家畜も・・・・
ここで出会った方は、親切にも地元にいる親戚の牛舎を開放してくれました。
でも、自力で生きて行けるのは何日くらいなんでしょう・・・倒れてしまった家畜を数頭見てしまいました。
日が暮れる前に最終目的地の双葉町行くため、道路の復旧が出来てない(人が入れないんだから出来るわけないですよね)危険な道を進みました。大袈裟ではなく、車種によっては大きな穴や段差や地割れ、建造物の倒壊等の障害物があって通れない程酷い状況でした。
茨城から来てくださった先輩ボラさんの車両が、隆起した道路で底を「ガリガリガガー」って走行中打ってしまいましたが、なんとか双葉町へ到着です。
「原子力郷土の発展豊かな未来」って・・・・・・・何
街の中は・・・静まり返っていて怖かったです。
持っていたガイガーカウンターの値も凄い事になっていたし。
偶然にも双葉町民の方々が、うちの近くの加須市に町ごと集団避難に来られた為、支援物資届けに数回行ってきたのですが、その時とは自分の中での感情が大きく変わりました。
ゴーストタウン化してしまったここに実際に来て、その恐ろしさと辛さを目の当たりにし、町民の怒りと悲しみが、より一層理解出来ました。(それでも避難されてる方々の1万分の1程度かもしれませんが・・・)
意を決して入った双葉町には、多くの被災犬が残されていると予想してきたのですが・・・
意外にも僅かに2・3頭しか見かけませんでした。
他のボランティアさん方が預かって行ったか、飼い主さんが連れて帰ったのか・・・
先輩ボラさんが、このワンコを連れて帰ろうとしてましたが・・・・・
吠えるばかりで寄ってこなかったのと、いわき市の保健所へ向かう時間も無くなってきたので、ここで今回のボラは終了としました。
柏市のAさん、大洗町のOさん、東海村のIさん、どうもお疲れさまでした。
帰路、近道だった為第一原発傍の道路を通って帰りましたが、ここより海側で今実際に何が起こっているのか僕には知る由もありませんでしたが、ガイガーカウンターの数値は、車内でも朝出発前の1000倍以上になっていました。
正確な情報の公開は、いつになったら我々一般国民にされるんでしょうか。
警戒区域が解除され、元の平和な生活が早く出来るようになることを切に願います。