一旦家に戻って探しに来たところ。ありましたよ。路上に散乱。
娘の保育園の3月のお知らせに、自分の仕事着。
帰り道、倒れた人を懐抱して、今はガストで一時を楽しんでる。
ああ。どんな運命か。
ライダースジャケットに身を包んだ彼は、鼻の頭を怪我しながらもライダースジャケットだからって反骨ではありませんって。いってた。
信条無くして気取るんじゃねー!!
イランで協力してもらった機関にに協力してもらって、夫に連絡をしてほしいことをお願いした。
電話がかかってきましたよ。
電話ほしいっていわれたけど。だと
。帰ってくるの?と言ったらわからない。だって。はっきりしろこのやろう!!だから娘を行かせられなかったんだ!!
あなたが、イランに娘を行かせることを許さなかったからだ。これしか方法がなかったんだ!!
3年前あなたが、やったことと同じ、すべてあなたのせい。
娘を大事に思うならイランに来て。自分はそこで頭が上がらないんだ。←知るかよ。ま、帰ってきてもお前の予想通りの展開が待ち受けていますがね・・・。
こっちでは仕事しなくても生きていけるんだ←だからなに?って感じ。いつもこればかり。
安心して、娘は日本の大学に行かせるから←思った通りに子が育つと思う浅はかさ。
あほか!!!
しね!!
初めは冷静でしたが、今まで、こいつにずっと馬鹿にされてきたんだということ、働く私を馬鹿にして、娘にピアノだなんだと頑張って、すべてめちゃくちゃに、あいつの娘しか頭にない根性にぶち切れてしまいました。久々に大声を出してしまった。お隣さんごめんなさい。
冷静でいるべきでしたが、かっとなってしまいました。
すべて、私のせいにして、満足ならば仕方がありません。
イランに来い?!ふざけんな!娘をだしにして、よくいうよ。イランにいた一年半、苦痛以外の何物でもなかった。それでよく言える、このセリフ。
あなたの国は、あなたのお母さん、お父さんはこういうことをすることを教えてきたんですね。あなたも親ですからそのように子どもを育てていくんですね。あなたには責任がありますから。
娘が、あなたについていったということは、私がそのように育てたのです。パパについていくなと日々教え込めばそれで良かったのです。感謝していただきたいわ。!←これだってどこまで通じるのか
話したかったらかけてきて。だと!!金があるって言ってるくせに国際電話の料金まで払えってか!!!
地獄に落ちるのはあんただ!といえば、もう落ちてるよ。だって。
結局娘とは話すこともできず、、、、。
すぐに、娘のことは諦めたのか、とか言います。
諦めるでしょう。お前と一緒にいるなら自分の子どもでも見捨てるよ。日本での生活はなんだったのでしょう。保育園も退園しなきゃね・・・。ぎりぎりまで待つよ。母親も友達も何もかもをうばった父親。
ごめんね。娘。ママは自分の身を守ります。本当にごめん。
いつか、このブログにたどりつきますように。
戻ってこないなら、今年はイタリアに行こう・・・。最後の晩餐がみたいのです。
今日が娘の保育園のお祝い会。
娘は、一生懸命練習に励んでいました。
結局、戻らなかったわ・・・。
娘の父親ですが、本当に許せません。
桜が膨らみはじめました。
娘がおなかにいるころ桜咲き、一番安心して、よかった時です・・・。
娘と離れて一人日本に戻ってきたのも春。(過去のブログに書いてありますが)
春、嫌い。桜が嫌いになりたいけれど、桜はやっぱりいいのよね。
嘘をつけない・・・。
ピアノの先生にしばらく休む旨を話す。こんな話、悔しい。
いつ戻るかちょっとわからない・・・。戻っても発表会は無理。
娘を知っているだけに、辛い話だった。
一気に暗い、悔しさと、情けなさに覆われて、流すことをやめていた涙があふれた。悔しい。
人としてあいつは最悪だ。そして、日本での生活を守り、安定を築いた自分にも腹が立つ。一体何のための頑張りだったのか・・・。
国際結婚。結婚という人間の摂理に反することではない。しかし、この代償は大きいのではないか。
髪を切り、やっと軽くなった私の頭。しかし、消えることでない、傷。
戻るのか。娘。
何もわからない娘に、罵声を挙げてしまいそうな自分の一面も怖い。
なぜ、ついて行ったのか。と。
娘もイランが嫌いになるようなことをした父親。
明日からまた心の安定を取り戻す。
イランでは裁判所に申し立てれば勝手に離婚が成立すると聞いたことがある。
離婚に縛られてはいない。親子の縁まで切ら れるのだ。