とあるミュージシャンプロデュースの、このシャンパーニュ。
その泡立ちは非常に長く、細やかながらマイペース。コンディションのムラを疑いたくなりそうになる。リズムの中に、目に見えない微妙な休符があるような。それでも予想外にしなやかでひたむきな泡の連なり。
ドサージュの香り。
琥珀色の世界に一歩踏みいる。

滴がしずくのまま、重なり合いながら舌の上で溶けてゆく。芳醇や緻密という言葉とは少し違う、同じ性質の物たちが少しずつ違うベクトルをもつことによるアタック、そしてアルモニ。一体となることをあえて避け、適度な距離感を保つことによる、絶妙なかたち。
これが愛の奇跡??

あとから砂糖漬けの生姜のような、仄めかす苦味。

不思議な存在価値を見出だしたような気がします。

それにしてもワインには
音のように表現する力もあるのだということ
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私がワインに魂を売るきっかけとなった、エドモン・ビュルル。コートデュローヌ。ジゴンダスのドメーヌです。

出会いは1999に飲んだ、1995と記憶しています。あけたては、黒いスパイスと黒い果実を纏った、いきいきとした太陽のにおいのする少女のよう。酸味と甘味がせめぎあう果実味、非常にフレッシュながら緻密な印象。しかしボリュームこそあれ、今思えば早飲みタイプと思われました。
それが、ゆっくりと飲み進めると
しだいに干し草やドライハーブ、ビターオレンジと背景がどんどん豊かに浮き上がり、また
そちらに心奪われるうちにボディがいつのまにやら、ふくよかに満ち満ちてきた。肌のなめらかさ、官能的な血のニュアンス。
一口含むと、そのわずかな滴が血管を通っていくのがわかるかのように、五感に訴えたのでした。

このワインは、私のワイン観、その係わり合い方やポリシーが生まれるにあたり自然にその座標軸となりました。
媚びず、言い訳せず、ひたむきに前を見つめる。

生きる指針ともなりました。
外見や評判に惑わされない。
それからワインは私に様々な旅をさせ、素晴らしい経験をともにしてくれました。厳しさ、優しさ、温かさとそれだけではない現実。謎と矛盾。
人生そのもの。

2003年、会いたくて会いたくて夢にまで見た憧れのビュルルさんが亡くなられました。
遺作を1ダース購入。晩年は家族に理解されぬまま孤独なワイン造りであったとか。
しかし出来は、飲み手の私としては満足できるものではありませんでした。

暑い年のワイン

アルコール
加糖したかのような甘ったるさ

私はいつのまにか彼のワインを美化しすぎてしまったのか?
がっかり。

すぐに飲んでしまいました。
ともあれ私を導いてくださったワイン。

強い年のワインですから、願いをこめて
1本だけセラーに残され。
はや5年

これまで何度も開けてしまいそうになりましたが、なぜか……。


それが、さっきふいにあけてしまいました。
理由はよくわかりません。長編小説を読み終えたら、次に自然と身体がセラーに向かったのです。

しかし開けてみたら、その理由が本当によくわかりました。

ワインは、私に「書きなさい」と言っていました。

まだまだ若々しいコルク
しかしひどい澱です。

それはあの甘ったるいまでの糖分が
見事に心地好い旨味へと成長した証

また若い頃には隠れがちであったちょっぴり粗いタンニンと芥子のような辛味。全て合わさると、秋の森の香りと干し柿の味わい。

ぎりぎりピーク。
今日中に飲み切れないのが、本当に残念。。

ワインは、先に迷う私に、自信を持って前に向かえと言っているようです。
ビュルルさんのように。

マリアージュの暇もなく
衝動でワインをあけてしまい

あとから慌ててパンを焼き、
いつもよりコクのある、コンビーフいりポテトサラダを作りました。

ずっと書けずにいました。案じるより産むがやすしということでしょうね。
わかってはいるのですが。

下手なブログを数うってまいりたいと思います。

またワインに背中を押された