Last year, March11th, the large earthquake happened in Tohoku, Japan.
Many many people got missing and were killed.
Besides, many problems occured in Japan.
I feel the day were yesterday but I also feel the day were so long time ago.
忘れない。忘れられない。
でも、私一人ではどうしようもないことだし、変えられない現実が今も存在しているのは事実。
いつか、できれば今年中に、その場を訪れたい。
私たちの世代がつくりあげていかなければいけないと思うから。
その現状を知るチャンスがあるのなら、それは絶対に逃してはならないと思うから。
直接その問題解決や復興支援に関わる仕事に将来就くわけではないと思うけれど、
私の母国であり、誰かの故郷であるのだから。
いつか出逢う大切な人々の故郷であるかもしれないから。
2011.3.11に馳せる想いは人それぞれ違うと思うけれど、
私は私なりに、些細な力であるにしても、何かしらできたらなと思う。
地震発生当初から、昨年は、自分のことで手一杯だったから、
今年は何か一つできたらなと思います。
ボランティアに行くのが偉いとか、就活に使えるからとか、そんなんじゃなくて
行きたいから行く、無理して行ったりはしない。
それがボランティアだと思うから、余裕を見いだせそうであれば現地に行きたいと思っています。
幸い、そういう環境においていただいてるしね。
と、言いつつ、私は私らしく、普段通りに暮らしました。
何もできないのであれば、それが一番だと思うんです。
不謹慎だの、不謹慎でないだのと口論するのであれば、
普通に暮らせる幸せを噛み締めたが、直接関係ないにせよ、
絶対にそっちの方がいいと思うんです。
去年の今日は、国公立後期試験のために、一人で神戸を訪れていました。
神戸大学を下見したのち、阪急電車に六甲から乗り込んだ、まさにそのときに、地震。
大阪までは揺れたみたいでしたが、神戸の街はほとんど揺れず、
Twitterでは大騒動にも関わらず、電車の車内を見回すと、
普段通りの奥様方、普段通りの他愛ない会話が車内にはありました。
ホテルに帰り、テレビをつけると、同じ日本とは思えない映像が目に飛び込み、
翌日の試験どころでは正直なかったです。
関東へ試験を受けに行った同級生や知り合い、親戚の安否が心配で、心配で。
そうでないにしても、そこで暮らす人々の心境を考えると、胸がざわついて、
何も手につかなかったのを未だに鮮明に覚えています。
あれから一年。
「もう」一年だし、「まだ」一年。
一人ひとりの一年間が、あったと思います。
それはこれからも変わらない。
大事に生きよう、と思える日が在ったなら、
そこからまた大切に生きればいいと思います。
8月6日だって、8月9日だってそう。
想う人がいる。祈る人がいる。
私たちが何気なく過ごしてる毎日だってそう。
世界中の誰かにとって、今日だって、昨日だって、明日だって、
きっと大切で、忘れられない日なんだから
思い返せたその日を大切に、そこからを大切にしたい。
I pray.
引っ越して数日が経ちました。
まだ少し慣れない感じがします。広いし、色々と。
4月からは学校の環境も変わる、新しい役職にも就く、新しいバイトも始まる。
新しい環境に飛び込むことって、不安だけど、嫌いじゃない。
わくわくが詰まってる、そんな場所が私は好きです。
今、すごく充実してる。
でも、どこか満足しない。
貪欲に、したたかに。