こんにちは。

今日は、愛猫の終末期について書きたいと思います。


愛猫が死んでしまってからもう少しで1年です。

その前に書かなきゃと、気持ちを奮い立たせています。

 


本当なら、順を追って、都度、書いていけばよかったんだろうけど
私にその余裕、というか、勇気がなくて、

去年の今頃は愛猫の様子には触れずにブログ書いてたんですよね、、 

 


ただ、経過のメモは残してたので読み返して遡ることはできるので、

誰かさんの大切な愛猫ちゃんが肝臓病になってしまい、
この先どうなるのか症状が知りたい、という方に向けて
この記事を残しておこうと思います。

 

 

ちなみに、今日書かせてもらうものは、

当時の私のメモを元に書きました。

今は、その時とは違った心持ちです。

(それは最後にちょっと書きますね)

 

 

 

 

 

愛猫びーちゃんの最後の半年間

 




うちの愛猫の場合は、肝臓病の診断が出てからしばらくは現状維持で、
『目が黄色いな』『耳の中の色が変わっちゃったな』『皮膚が黄色い』『おしっこの色が黄色…』そういうところで
…うちの子は肝臓病なんだよね、と日々切なくなってはいたけれど
それ以外の症状はでていませんでした。

それが、亡くなる半年前から急激に(本当に急でした)
症状が現れ始めました。

まずは、
下痢と嘔吐。

これが最初に始まりました。


そしてほどなく、足に力が入らないのか、筋力が衰えたためか
おトイレまで辿り着けず(おトイレの高さに足があがらない)床で粗相をしてしまうようになりました。
初めはうんち。そしてほどなく、おしっこも間に合わなくなりました。

肝臓病だからか、とにかく喉が渇くみたいで、ずっと水を飲んでいました。おしっこの量もすごかったです。

ある日の夜中4時前、爪でなにかをひっかいているような叩いているような音がして、様子を見に行ってみたら、廊下にセットしてある給水機の傍に横座りしていました。暗いながら、月明かりに愛猫のがいる床でなにかが光っているような感じで、ふとしゃがんで触ってみたら濡れていました。

ん?
お水遊びでもしてこぼしたのかな、と思ってよくよく見たら、おしっこでした。
横座りしたまま、大量のおしっこをしていて、しかも、そこから立ち上がれずにいたのです。

……そのときの切なさといったら。。

だけど、そんなのは序の口でした。
そこからどんどん、愛猫にはできないことが増えていくのです。

少し前まで、数歩でも歩けたのに、歩いたところで立ち止まっちゃうけど、少し休んだらまた数歩歩けて、ちょっとずつあちこち移動できたのに、もう、たった一歩出すのにも足がふらついて、滑ってしまう。


その頃には、下痢と便秘を繰り返すようになっていて、
筋肉がないから踏ん張る力もなくてうんちが出せなくなっていました。
(何度か病院で出してもらった)


可哀想なのは、おしっこが、横たわったままじゃないとできなくなってしまったこと。だからいつも足や下半身が濡れてしまう。その都度洗ってあげてたけど毛に黄色がしみ込んでしまって最後の三か月はそんな状態でした。




自分の体調が不安なのか、愛猫は時々すごく鳴きました。
なにをしてあげればいい?ってこっちも泣きながら聞くけど、もちろん答えが返ってくるわけはなくて、切ない時間が続きました。

下痢、便秘、嘔吐、それらはずっと続いていました。
どんどん痩せていって、もふもふ、まるまるしていた体は背骨が触れられるほどで、足も、えんぴつぐらいな足になってました。(最後に病院で測ったときは1.5とか1.8とか、そんな子猫みたいな体重に)


亡くなる2か月前ぐらいから
肝臓病特有(?)な症状も出てきました。
人間でいったら肝性脳症みたいなものなのかな、てんかん発作みたいなものかな、脳の興奮で、猫では聞いたことがないような鳴き方をしてました。
そんな中、お布団に漏れて出てしまったおしっこを片付けるため、すぐ横のおトイレの中へほんのちょっと横たえたしまいました。そしたらひきつけを起こした後、猫砂を口の中に入れてしまい、力が強くて開かなくなって、、診察時間と同時に慌てて病院へ行ったこともあります。

まずはひきつけの症状を鎮めてもらい、最後に、口のわずかな隙間からピンセットで猫砂を取ってもらいました。見えなかったので1コ2コ、入れちゃったんだろうな??と軽く思っていたら、なんと握りこぶしぐらい入っていて(涙)

……体がおしっこで濡れていたからってなんでよりにもよってトイレの中に入れてしまったんだろう、、って本当に後悔しました。

その頃には、
先生とも、どこまでもつかは分からないけど、なるべく苦しまないように、穏やかに過ごせることを優先しましょう、と話し合い平均すると3日に1回(5日ぐらい平気なときもあれば毎日行かないときつそうな日もありました)病院で点滴をしてもらうようになりました。これは、脳の興奮を鎮めるためです。
猫砂を大量に口に入れてしまうような、そしてその口が自分では開けられないような過緊張状態が一日に何度もやってくるのを、黙ってみているなんてできませんでした。

併用して、家でも薬や座薬などを使いました。




最後の2週間ぐらいは、首をほんの少し動かすのがやっとで、
脳に障害が起きたのか、ずっとゆるゆると動いてました。手とか足とか、顔とか。

うちの愛猫は食欲が最後まで落ちなかったのが救いでした。
自力では食べられなくなっても、私が口の近くに持っていくと必死に食べようとしました。

 

ペースト状のものとか猫用のミルクなど、2週間前まではむしゃ、むしゃ、と食べていたものが、最後の、数日は、かっぷ、かぷっ、という感じで食べて、水分も飲み込むのが大変そうでした。
 

点滴を始めてからは、病院でもらったぶどう糖をスポイトで飲ませたり、栄養剤を点滴に混ぜてもらっていたけれど、それでもどんどん痩せていきました。




その頃のメモに
こんなこと書いてました。


朝は、ご飯あげながら涙が止まらなくなって、
「ごめんね、ごめんね、びーのこと病気にしちゃってごめんね」
「もっと長く生きられたのに、ごめんね」
「つらかったら逝ってもいいんだよ」
「びーが苦しくないこと祈ってるよ」
「びーが次の人生では幸せなこと祈ってるからね」
抱きしめてずっと語り掛けた。

動けなくて、
食べるのも満足にできなくて、
ただ横たわっていて、
そんな状態で、びーは生きていることを喜べているのかな?
『なんだかだるいなあ』『なんだか疲れるなあ』『はあー』ってずっと思ってるんじゃないのかな。




。。。そんな後悔の中、
こんなメモもありました。

自力では動けないはずの子が、突然、足を踏ん張って体を動かした。
顔も動いている!目もはっきり私を捉えている!舌も動かしている!
そして鳴いた!ニャア、って3回、鳴いた!


って書いてました。
この可愛い鳴き声をもう一度聞けるなんて夢にも思わなかったって。



後にも先にも、その時だけのことでした。
最後にほんの一瞬、元気になるって、ほんとなんですねえ、、





こんな感じで、

終末期を過ごしました。

 

最後の半年ぐらいはほとんど家から出なかったかな。

用事で2,3時間家を空けることはあったけど

ずっとそばにいました。

 

振り返ったら贅沢な時間だったと思います。

 

だっこもあんまり好きじゃない子だったけど

動けなくなってからは時間の許す限りずっと抱っこして

その小さなぬくもりにほおずりして

お別れが常に頭の中にあったから、

かけがえのない、大切な宝物みたいな時間になりました。

お仕事していたら、一緒にいたくてもいられなかったですもんね。





最期の日のことは、
また、時間をおいて改めて書きますね。

もうここまで振り返るのが限界です。
1年も経つのに、胸が苦しくてたまらないです。



何が原因で肝臓病にさせちゃったのか分からないし、

結果論でしかないけど、、

最後の方は、自分を責めないとやっていけなかったです。

たった11才で病気で苦しんだ愛猫が可哀想すぎて。。

 

 

私がチョイスしたフードのせい?

運動させなかったせい?

アロマのせい?

私が違う動物病院を選んでたら病気みつけてもらえてたよね?

 

私が飼ったせい?

マンションから外を見てもつまらなかったせい?

寂しくさせたから?

別の猫も飼ってあげてたら違った?

ストレス与えちゃってた?

 

原因をみつけようと自分を追い詰めたこともあったけど

 

きっと全部が憶測で

全部が、どうしようもないこと、

なんだと思います。

 

 

 

 

うちね、今年

車ぶつけられたのです。

 

優先道路を走行中に、側道からスピードゆるめず突っ込んできた車に横から衝突されて。

 

それって、

いつもなら運よく、避けられていたこと。

 

過去、

『危なかったね~あと数秒遅かったらぶつかってたよ!』
ってやつ、誰でも経験ありますよね?

 

そして、事故が起きるなんて、本当に運が悪いんだわ、って思ってた。

 

 

だけど、それが

とうとう我が家にも起きて、

 

しみじみ思ったんですよね。

 

 

 

ついてない、

運が悪い、

 

っていう出来事は、誰にでも普通にやってくるって。

 

 

 

のちに肝臓病にかかってしまう子猫が

うちの子になったことにも特別な意味があるはずはない。

 

 

神様がなにかを学ばせようとしてるとか、そんな崇高な目的じゃなくって、

 

乗り越えられると思ったから与えられた不運、とかいうスピ的な話でもなくて、

 

 

不幸ガチャみたいなもので、

どの人にも、耐えがたいような苦しみは平等にやってくるってだけ、

 

だって

運が良い時は

「ご先祖様が守ってくれたんだねえ」って感謝するけど

 

じゃあ、運が悪い時は??

 

ってなるじゃない。

 

 

 

世の中に、私だけ不幸、とか

私だけ運がないとか、

 

そんなのあるはずもない。

 

 

みんな、幸福も不幸も、同じ数、受け取ることになってる。

その受け止め方が、みな違うから、

「私は不幸」「私は不運」って言ったら(思ったら)

さも自分が特別不幸みたいになっちゃうけど、

 

いつも穏やかなあの人、

文句言わない偉い人、

笑って人生過ごしている人は、

自分が受け取った「不幸」や「不運」を処理する能力が高いだけで

 

傷ついてるし

悲しい。

 

 

病気でつらい人は

お金の苦労してないかもしれないし、

 

貧困で、明日のごはんが食べられるか不安な人は

健康で病気知らずかもしれない、

 

すっごい美人だけど、

暴力夫から逃げられないで生きているかもしれない、

 

みたいに、

(相変わらずたとえがビミョーですみません)

 

分かんないけど、

 

与えられた資質や環境より、

おかれている不幸な境遇に目がいって、

他人の幸せが羨ましくて、

せっかく与えらえたものを活用しようと思わない。

 

なぜならあたりまえすぎて、

他の人が、それを喉から手が出るほど欲しいなんて、考えてないから。

 

 

 

 

ちょっと話が逸れちゃったけど、

 

私は愛猫びーが肝臓病になって余命を告げられた時、

(9才とかだった)

よその猫ちゃんは健康なのに、

病気なんてしないのに、

15年とか余裕で生きてるのに、

なんでうちの猫ちゃんは。。。って思っちゃったことがあったんですね。

 

自分が、びーが、特別、不運な気がして

ずどーーん、と落ちてしまったことが。。

 

愛猫との幸せな時間は紛れもなく現実なのに

そこに意識が向かわなくなった。

 

 

こんな風に、

人はどうやったって、不運や不幸の前には冷静になれないもの、なんですよね。

 

 

だけども

ここにどっぷり浸っては、前を向けない

 

どーせ人は遅かれ早かれ死ぬんだから

不運を嘆いて生きていくと自分がしんどいですから、
 

 

今ある幸せにフォーカスしたほうが絶対、いい。

 

 

 

 

長くなっちゃったけど

 

今の私は、もう自分に起きることが

自分にだけ特別不運、とか不幸、とか

そういう捉え方をしていないよ、ってことが言いたかったニコニコ

 

 

 

 

 

愛猫の最後の様子、動画も画像も

載せないけど、記事からどんな状態だったか察してくださいね。

 

 

皆さんには、

元気だった頃のびーを記憶の中に残してほしいから。。

 

 

ではまた。