言葉って不思議。
文字なのに、気持ちが伝わるし、温度も感じられる。
そして、ちゃんと意味をもつ。
発する1つ1つに想いが込められている。
6年付き合っていた彼氏さんに別れを告げた。
相手がしっかり思ってくれる気持ちに、
自分がきちんと答えられていないように感じた。
一緒にいるのが当たり前で、
なんで好きなんやろ?
一緒におるってなんなんかな?
6年一緒にいるけど、なんで結婚とかしっかり考えられないんやろ?
今まで言えんかったことって、これからも言えないんかな?
弱音言いたい時、助けを求めたいとき、彼氏さんに出来るんかな?
いろんな不満や不安が頭の中をグルグルしてた。
きっと、来年・再来年には「結婚」っていう言葉が
より具体的になると思うと、なんだか怖くなった。
しかも、意地っ張りな頑固な性格から、
どうしても弱音を吐くことは出来なかった。
言いたくて、聞いてほしくて、電話しようとしても、
この言葉を言ったら、こう返ってくる。
そしたら、私がこんなふうに怒ってしまう。
なら、言わない方がいいと、何度も電話をかけるのをやめた。
そんな状態がいやで、
一回しっかり自分と向き合いたくて、
考えたくて別れを選んだ。
でもね、別れを言って、日がたって、実感した。
頭ん中も体中も、彼氏さんのことでいっぱいやった。
「情やないの?」といわれて、そうも思ったけど、
そんなことなく、ただただ、好きやった。
そりゃそうやよね・・・
6年も倦怠期もなく、常に会いたいって思えた、
そんな愛しい相手やったんやもん。
高校卒業して、大学になっても、
大学から社会人になっても、
どれだけ出会いがあって、環境が変わっても、
1人を想ってきたって、きっと何か違うと想う。
それなのに、失って初めて自分が想っていたことを知った。
相手がいかに考えてくれていたかを痛感した。
必要もないのに携帯を見てみたり、
無意識にメールを作っていたり、
プレゼントしてくれた1つ1つのものの、
くれた理由を思い出したりした。
こんなにも生活の中にいたんやってようやく感じた。
運転してても、仕事してても、
ぼーっとしている回数も、呑む回数も増えた。
弱音いいたくないから、車ん中で一人で泣いて、
会社と家は笑って行き来した。
でも、正直半端なくしんどかった。
いつやったか、酔って寝ながらメールをした。
わざわざ全部白字にして、タイトルに「Re:」つけて。
気がつかなくてもいいと思った。
でも、ただただ伝えたかった。
そしたら、気がついて、ちゃんと返信をくれた。
私みたいに意地をはらず、すきって言ってくれた。
だから、やり直せた。
今日別れを言って、やり直して初めてデートをした。
正直、すごく会うことが怖かった。
電話をするのでさえ、おどおどしてしまったくらい。
どんな顔をして会えばいいかもわからなかった。
でもね、でもね、会って、うれしくなった。
たわいも無い会話も、すねちゃう会話も、
ためになる話も、いっぱいしてくれた。
私のわがままで振り回してしまったのに、
傷つけてしまったのに、いっぱい笑わせてくれた。
手を繋ぎたくても、そういえない意地っ張りって知ってるから、
「手、繋ぐ?」と聞いてくれた。
あぁ。。。この人やって思った。
ベットの上で、後ろからぎゅって抱きしめてくれた。
ぬくもりを感じた瞬間、涙があふれ出した。
何度も何度も拭いたけど、止まらない。
気づかれないように、必死で声を殺した。
淋しさも、ぽっかり空いてしまった穴も、
ほしかった温もりも、全部ココにあったってわかった。
なんだか、幸せって感じた。
大切な人って本当にそう思った。
大切って、「緊急を要するさま」の意味から、
平安末期には「肝要なさま」の意味で用いられた言葉。
中世には「かけがえのないもの」の意味から、
「心から愛する」意味としても使われるようになり、
1603年『日葡辞書』では「大切」が「愛」と訳されているようになった。
大切=愛(かけがえのないもの) と心に刻んで、
繋いだ手、もう離さないようにしっかり握っておきます。







たぁりしていました











の近くにあって幸せです
材料








