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ナイスUST

二丁目のグッドバイの続きもUPできてないまま挑んだ昨夜のカズキングトーキング。
ガチャガチャ発言してお目汚し、ご免下さい。

ナチュラルでかわうぃ一面もありつつ、舞台や映画のお芝居などなど貴重なお話たくさんしてました。
そこへの姿勢や情熱に人となりがうかがえます。

サイトに行けばまた見られるので、オススメです。
ネットカフェとかでも見れると思うし。

1時間番組の予定が気づけば1時間45分。
最後らへんちょっと眠そうに見えたのは気のせいかしらん。


長文注意、感想ダダ漏らしっ


昨日千秋楽、二丁目のグッドバイ。



脈絡なく、感想つづります。

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舞台上には、市田家と、近所のアパートと、それらに囲まれたベンチ。
ベンチは猫のジョージのお気に入りの場所。
ジョージを演じるのがみつぅさん。

ジョージは鈴のついた赤い首輪をしてて、自分を拾ってきてくれた市田家のおじいちゃんが好き。おじいちゃんはボケだしてからジョージと会話ができるんです。

おじいちゃんはボケだしてから、たまに“粗相”するようにもなっちゃって。かつて周りの人間に、そしてそれ以上に自分にもとても厳しかったおじいちゃんは、それを機におかしくなってきちゃったことを、ジョージが、ちょっと寂しそうに教えてくれる。
むかし映画監督をしてたから、その頃に戻ったみたいに突然話し出したり、被害妄想が暴走したりする。

ジョージはおじいちゃんが好きだから、粗相しちゃうことでおじいちゃんの自尊心がどんなに傷つくか、痛いくらいよく分かってる。
だからそれを処理しようとするお母さんを「ちょっと、何してんだよお母さん」と制して、自分のしたことに気付いてわあーと発狂しそうになるおじいちゃんに、「じいちゃん。」と優しく抱きつくんだ。
それがとっても優しいんだ。

ふだんのジョージは猫らしく気ままにしてて、撫でられたり、遊んでくれ~と人間にちょっかいだしたり。(おいお前これ投げろよ取ってくるから、って言ってんのに構ってくんないから、おいってば、っておっぱい揉んじゃったり、ちくびツンってやっちゃったり!)(でも考えてみたら、やるね、猫。おっぱいとか揉むよね。)
引っ越してきたおうちの人に飼われてるアンに一目ぼれして、仲良く遊んだり。(自分のお気に入りのおもちゃを見せたり、毛糸で?一緒にあやとりしたり。)
買ってきたトイレットペーパーをうっかりぶちまけちゃったご近所さんに「お、手伝ってやるよっ」てやってんのに「も~ジョージ、おもちゃじゃないんだよ~!」って怒られちゃったりも。
あちこちでみつぅさんのかわゆさ満開。

人間は気ままにジョージを撫で回したり、勝手に悩みを打ち明けたり。(ジョージもなんだかんだ聞いてあげてる)困ったとこもあるけど、ジョージは市田家の家族やこの場所が好きらしい。

でもちょっとずつそれが崩れてく。
おじいちゃんが施設に入ることが決まったり。「なんでだよお母さん!おれは反対だからな!」って言うジョージの声は届かない。

お母さんがアパートに住む作曲家とひそかに付き合ってたり。(この人がナイスキャラすぎて、余計に衝撃。人目を忍んでジョージの前で「チッスした!!」ジョージ、目まんまる。)
それをお父さんに打ち明ける、とお母さん。

お父さんは出社拒否症で、むりやり出社したら吐いちゃうくらい。(ジョージ「もんじゃ、いえーい」て。その後ちゃんと後ろ足で砂かけしてるし。笑)子ども達とも会話がなくって沈んでたけど、最近ちょっとずつ上向き、なんだか調子がよくって、ジョージに「幸せすぎてこわいくらいだ」って、いい笑顔。

そのお父さんに、お母さんがよその人と付き合ってることを告げて去った。
お父さんは、明るい曲を流せ!と作曲家に要求して、一人で踊り狂う。そこにジョージが帰ってきて、察した。悔しくって地団太踏んだあと、一緒になってお父さんと踊り狂う。
かなしかったな。
ジョージ、どんなに悲しくて悔しかったかと思う。
その後、作曲家と同棲するけどモメたりしてるお母さん。そんなお母さんに接することがあっても何も言えないお父さんにジョージは堪えきれず「帰って来い、って言えよ!なんで家族がバラバラにならなきゃならないんだよ!」って言うけど、誰も気付かない。

猫は自分に死期が近づくと分かるみたい。
(たしか)12歳のジョージも例外でない。
あれだけここが好きだって言ってたのに、いい場所をみつけたからそこに行くよってアンに告げて、よたよたと、ジョージはいなくなる。穏やかに告げるけど、寂しそう。

おじいちゃんが施設に行くときがきた。
お母さんは、何もできなくてすみません、って言いつつも、気にして来てくれてる。
お父さん、作曲家の部屋に入ろうとするお母さんについに、戻ってこないかって言って、お母さんは、あなたが許してくれるなら、と泣く。

おじいちゃん、すっかりボケちゃってたはずなのに、それを見届けるとにっこりして、「送りは大丈夫。たまには会いに来てくれよ」と自分で荷物を持って行ってしまう。
子どもや孫と一緒に暮らせなくなるのはさみしいけど、家族に自分の始末をさせることに、耐えられないくらいの苦しさがあって、もしかしたらそこから解放されることについては内心ほっとしてるのかも知れない。自尊心と折り合いをつけて自分の老衰(果ては、死)を受け入れなければならない日々、どんなに苦しんだことだろう。

私の中で少し前のシーンがよみがえる。
縁側でうなだれるお父さんに、おじいちゃんがボケて「悪かったよ○○君、売れると思ったんだ、あの映画」と話しかける。ヒット作の次に作った、全然売れない映画のことだ。
「でもお父さん、僕はあの映画好きでしたよ」とお父さん。「自分の死を受け入れて、強く生きる、僕もあんなふうに強くなりたい…」するとおじいちゃんは違う!と一喝する。「自分の死を受け入れられる奴がどこにいる。」「弱いからこそ、必死になって生きている」
それはジョージを見守ってきた思いからか、それとも自分のことなのか。
別のシーンで「死にたくない」と吐露してたジョージの姿も思い起こす。

よたよたしつつもしっかり荷物を持って歩いていくおじいちゃんを見て、どわ~っといろんな気持ちが押し寄せて、泣けてくる。


アンが一人ベンチに座っていると、ちりーん、と鈴の音がした。
アンと一緒に、舞台袖に視線が集中すると、よたよたと、ジョージが現れた。

戻ってきちゃったジョージ。歩くこともままならない。
アンが必死にジョージを手伝って、なんとかベンチ前に辿りつく二人。ジョージがアンの頬に触れて、力なく優しく微笑む。
最後に絞り出すように心の声を叫ぶ。「おれ・・、やっぱりここが好きだ!」

ダメだーー(ToT)書いてて泣けてくる。

暗転。

またいつもの二丁目。
アンの首にはジョージの赤い首輪。
アンは首輪に触れて、遠くを見つめる。


暗転からあけると、皆勢ぞろい。ジョージとアンを中央に、みんなみんないる。おじいちゃんもいる。拍手も、涙も止まりません!

すてきなお芝居を、本当にどうもありがとう。


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雨の中、昨日千秋楽、二丁目のグッドバイ
打ち上げで喉に流し込んだのは、それはそれはきっと美酒だったに違いないと思うのです。



まだまだいっぱいあるの、愉快なシーンも、楽しいご近所さんの話も、いっぱい声をあげて笑ったトコも!
聞いて聞いて!な駄文でごめんなさい。
まずは第一弾UPでした。(^_^;)


二丁目のグッドバイ

昨日、行ってきました。みつぅさん主演「二丁目のグッドバイ」

時間とおサイフの都合をつけて、子どもが熱出した訳でも保護者会でもないのに有給なんかも取っちゃって、たまのゼイタクです。

去年エイヤッて思い切ってナマみつぅさん観て、また来れちゃうだなんて、会えちゃうだなんて。それをたまのゼイタクなんて言っちゃうだなんて。やっぱりゼイタクすぎるよなあ。めちゃめちゃありがたすぎるよなあ。
感謝。

ほんでもってトークショーもお初。
一部掛け合いとかありましたよ。楽しいすぎる。


舞台っていいなぁって、また思いました。
出てくる皆が個性的で。そこで繰り広げられる日常を共にしていくうちに、引き込まれていく。
私たちはきっと誰しもがオリジナルで、魅力も愚かさもいろいろあって、絆が崩れたり修復されたりして、覗き込んでみたら自然と引き込まれていくもんなんじゃないかと、観たら思えてきます。

全力でオススメ系です。

胸にぐさりと刺さったり、胸が締め付けられたり、かと思えばいっぱい声を上げて笑ったり、堪えきれないくらい涙したり。

その感想をご本人に言えるだなんて!


追ってネタバレ記事書きますね。
トークショーも若干ネタバレ含むので、そっちで。
私、2時間、いや何時間かかってでも書きそうです。


追記:
ネタバレというほどでもないか、内容にからんだ感想ですね。