自身の内側から湧き出す
目に見えないけど
存在感抜群で
取り扱いを間違えると
自分も他人も傷付けてしまうもの
私の感情は
厄介な
暴れん坊
ネガティブな感情
恨み
つらみ
嫉み
僻み
感じても
つい抑え込んでしまう私
(こんなこと感じなければ良かったのに)
感じてはいけない感情
思ってはいけないことだと
蓋をする
自分の身近に
瞬間湯沸かし器のように
突然怒りの感情を人にぶつける人がいるが
私は
怒りの感情がよくわからない
怒るタイミングがわからない
と言ったほうが良いかもしれない
他人から見れば
怒るような場面でも
その瞬間の私の心はフリーズして
あとから
モヤモヤ
イライラ
後回しにされた
私の怒りの感情は
積もり積もって
静かに
激しい怒りとなり
ある日突然
癇癪という形で
他人に向けられる
迷惑な事この上無し
確かに感じているはずの感情なのに
感じていないふりをしたり
抑え込んて我慢したり
厄介な暴れん坊にしているのは
他でもない
私自身
数年前の私は
喜ぶこと
楽しむこと
ポジティブな感情に対して
何となく遠慮しがちだった
喜ぶことに
素直になれない自分
楽しむことに
何故か感じる罪悪感
自分なんかが…と
卑屈になっていた
自分が幸せを感じることを
何故か許せなかった
心のブロック
気が付いてから
徐々に
喜ぶこと
楽しむこと
当初は意識的に素直に表現するように
いつからか素直に表現できるようになっていた
私の哀しみ
悲しい
哀しい
満たされない思い
幼い頃の私は
内気な泣き虫だった
何かあってもなくても
よく泣きべそをかいていた
そんな私を
母はよく抱きしめてくれたが
いつの頃からか
私が泣くと
母は酷くつらそうな
心配そうな顔をしていた
そんな母を見たくなくて
私は
母の前で泣くことを我慢するようになった
寂しくても
つらくても
悲しくても
泣かないで
大丈夫なふりを続けていたら
手のかからない
良い子になっていた
哀しかった
悲しみ
泣いたら
弱虫だと
いじめられる
悲しくても
我慢して
泣きたくても
泣けなくなって
心を凍らせて
集団生活を何とか生きてきた
凍らせた哀しみは
人に対する恨みとなり
敵対心として
人に対する怒りへと育っていた
人付き合いに対する苦手意識
自己啓発本でコミュニケーションの仕方を学んで
表面的には人付き合いが出来るようになっても
私の心の底に根強く残る
人に対する不信感
人と一緒に居ることに感じる不安感
表面上は
人当たりよく
優しく
いい人でいる
私の内側は
人に対しての恨みと憎しみ
哀しい怒りで
真っ黒
笑顔の仮面の内側に
哀しみと怒りの素顔を隠して
自分を誤魔化し
人に誠実に居られなかった私
私の感情
厄介にして
暴れん坊にしてしまった
私の反省
ネガティブな感情も
ポジティブな感情も
それが良いとか悪いとかではなく
だた
そうだったのか…と
自身のこととして受けとめる
私の感情は誰のものでも無い
私自身のもの
私自身が大事に扱わないで
誰が大事にしてくれるのか?
私の感情は
厄介で
取り扱いを間違えると
癇癪をおこす暴れん坊
だから
私は私のために
感情の取り扱い説明書を日々アップデートする
最近の私は
数年前の私よりは
感情の取り扱いが上手くなってきたのかな?
相変わらず怒り方はよく分からないけど
楽しいことを楽しめるようになったし
嬉しいことがあれば素直に喜んでいる
悲しい時は大いに泣く
人に嫌われたく無いからと
嫌なことを我慢しない
自分に素直でいること
生きづらい私だけど
数年前の私よりは
結構生きやすくなっているかも
人に自分のこと話すと
何故か涙が出る私
これは悲しいから泣いている訳でも無いのだけど…
感情ではない涙の訳
色々抑えてきたものが溢れ出す
私にとっての
デトックス
なのかしら?
そんな私の感情の取説備忘録