そんな精神が崩壊寸前の私の癒しは『可愛い我が子』ではなく


甘く美味しいお菓子だった


とにかく頬張ってると幸せだった


頬張ってると何もかも忘れて無になれた



そんな時間よ、消えてくれるな‼️と願わんばかり、私のお菓子の量は増えていった



ご飯なんかいらない



お菓子だけあればいい



妊娠しようが、出産しようが、授乳中だろうが



『お菓子は体に悪い』等という余計なことは、一切考えなかった



母乳がどんな母乳だったなんて、覚えてもない程、気にしたことなどなかった



自分のことになると我関せずだった



で、今、借金も落ち着き、私は私が幸せになる為に、私自身の人生を歩むために



他人軸から自分軸に切り替える意識を高めている中で、ようやく、自分の食べ方がおかしいと気付く



お腹がいっぱいでもはち切れるまで詰め込む


胃から逆流してくる方が先かの比べっこ状態


腹をよじりながらでも最後の一個まで食べ尽くす


食事中、絶対に水分は取らないし


喉が乾いた時の水分は絶対にアイスクリーム


その現実を真っ正面から見るのを避けるか如く基本は『ながら食い』


お腹いっぱいだから辞める。なんて理性は一つもない


無茶食い、詰め込み、非過食嘔吐


食べ終わる頃には満足感なんて一つもない



摂食障害というものを、とても甘く見ていたように思う



摂食障害は、厚生労働省が指定する難病130疾患の1つに指定されてるらしい



摂食障害だけが精神疾患であり、残りの129は体の疾患である



他の精神疾患に対して、難病指定されている摂食障害がいかに困難で大変な病気か、解っていない人がとても多いと書いていた



これが?もし?旦那の病気だったら?


我が子だったら?


私は金も時間も労力も惜しまず、



もっと早く、もっともっと前の段階で


ありとあらゆる情報を模索しどんな方法を使っても、直してやりたいと奮起していたと思う



だけど、長い間、むしろ、生まれてからずーっと、自分というものに対して、目をかけず声を聞かず放置してたから



こんなにも自分が苦しくても、知らんぷりをし続けることが出来た、



改めて、自分って本当に可哀想な子だなぁと思うと泣けてくる



もはや、どんなに力んでも



ここから一人の力では抜け出せない



でもね、ようやく、私は、摂食障害を真っ向から受け止める覚悟、そして、自分は病気だから他人の力を借りなきゃと思えてきた



精神科探しをする為に、近場の気になる精神科に
『摂食障害取り扱ってますか?』とメールを送った


道しるべを与えて貰おうと摂食障害機構に連絡した


私が、私の為に、私を救うためにようやく一歩、片足を出せたように思う


自分のことになると


お金が勿体ないとか


大丈夫とか


面倒臭いとか


なんとかなると、思ってしまうが


摂食障害の致死率はとても高く


何とかの自殺といって、自らを死に追いやってるらしい


そんなことが頭に知識と入っても、今日も詰め込み過食をやめられない