「耳」
これは、私のフィクションとノンフィクションが入り混じった話しである。しかし、それを実際に経験した人が他にいたとしても、何ら不思議はない。
私は59歳の既婚男性である。結婚して31年になり子供は二人いるが、既に就職し家を離れているので家内と二人きりの暮らしをしており、実に気ままなものだ。仕事はごく有り触れたサラリーマンで、取り立てて説明するほどのものではない。
私の父は37歳の若さで亡くなっている。私が小学校の時に脳溢血を発症し黄泉の国へ旅立ったのだが、その時の状況は今でも思い出す事ができる。仕事の帰りに酔った勢いで自分の家を通り過ぎ、母の姉の家へ上がりこんで発病した。戸板に乗せられ家へ運ばれて来た風景を鮮明に覚えている。
その時、家の蒲団へ寝かされた父親へ呼び掛けるよう母に言われ、周りの目を気にしながら何回か
「お父さん!」
と呼んだ事も忘れていない。
私の母は82歳まで生きたが、肺がんでホスピスのお世話になった。そのホスピスで母の意識が定かでなくなった際、お世話になった看護師より
「人間の耳は他の器官と違い、最後まで聞こえています」
「返事がなくとも声をかけて下さい」
と言われ、プロの知識はたいしたものだと感心した。
そんなありきたりの過去と平凡な生活を過ごしていたある晩、まだ寝て間もない10時頃だった。
隣に寝ていた家内の鼾が耳についた。普段、多少の鼾はかくが、いつになく大きく感じた。父が脳溢血で亡くなる前、大きな鼾をかいていたと聞いた記憶が蘇った。
心配になり家内に声を掛けてみたが返事がない。いつもなら寝入っていても直ぐ返事をするのに相変わらず鼾は大きく、ただ事ではないと直感的に判断した。消防署へ電話をし、救急車の要請をした。
住所と氏名を告げ、患者の様子など向うの質問に答え電話を切ると直ぐに救急車のサイレンが聞こえて来た。
やけに早いなと思ったが、早いに超したことはない。救急隊員が玄関をノックしたので、
「お世話になります」
と言ったら
「患者はどこですか?」
と家の中に入って来た。
救急隊員は呼び掛けを行い、呼吸を確かめている。私も人命救助の講習は三回ほど受けていたので、その手順をふまなかった事を
(しまった!)
と思ったが、結果的に家内の反応は無かったので私の早とちりではなく、救急車の一刻も早い要請は正解だった。
救急隊員は慣れたもので直ぐタンカに家内を乗せ救急車へ搬送した。私も差し当たっての現金と健康保険証を持ち救急車へ飛び乗った。我ながら冷静な行動に感心し、この先の病院内での対応や帰りの交通手段を考えなければと思ったが、家内の容体を気にする事が亭主の務めだと考え直した。
走り出した多救急車の中で、救急隊員に向かい
「家内の状態はどうでしょうか?」
と、聞いたが、返事がない。
(聞こえなかったのかな)
と、思ったが、
(まあいいか、訓練された救急隊員であっても医師ではないので答えられないのだな)
と、解釈した。すると、救急隊員は、
「受け入れ先の病院が決まりました」
と、私の質問とは別の答えを返してきた。私は細かい事を気にしたり、言ったりする方では無いので、
「ありがとうございます」「よろしくお願いします」
とだけ、無難な返事をしておいた。
病院へ着くまで20分位だった。その間、家内の手ぐらいは握ってあげたかったが、左手の薬指へ細いパイプみたいなものを挟み、右腕は血圧測定の器具を付けていたので、顔を覗き込むくらいしか出来なかった。
しかし、酸素吸入やAEDなどを使用していないので、重症では無さそうだと素人判断をしていた。そんなせいか、救急病院到着までに半分の時間にしか感じなかった。又、救急隊員に話しかけることはもうしなかった。
病院に着いた。タンカが下ろされ救急治療室へ運び込まれた。救急隊員と看護師が何やら話しているが、おそらく状況を報告しているのだろう。家内のそばに付き添って顔色を窺い、 気が付いたら救急隊員は救急車ごといなくなっていた。帰りはサイレンを鳴らさないので分からなかった。
(お礼も言えなかったが仕方ない)(家内が心配で気が回らなかった)
と、自分に言い訳をした。
医師らしい男性が手術に使用するような紺色の上下で私に近づいて来た。
(夜間救急は白衣ではないのか)
と、思いながら、家内の状況を説明しなければと昨日からの食事内容や様子を頭の中で答えの準備を始めた。
その医師は私に向かって
「奥さんはー」「奥さんはー」
と二回言った。目の前が紫色になった。
以前、仕事場で社外の業者が私に半分どもるような言い方で、言葉を2回繰り返し言われた時に経験した事を思い出した。おそらく、自分の脳と相手の言葉の波が共鳴して目まいが発生したのではないかと思う。それを思い出した。
しかし、今度は紫色から真っ暗になり自分が立っているのか、座っているのかも分からなくなった。意識だけはしっかりしているのだろう。その意識の中に家内の言葉が聞こえて来た。
「先生、主人を助けて下さい」
20014年(平成26年)5月10日