一昨年、長らくボケてた父が歩けなくなって施設入りした後、一人暮らしになった母が認知症であることが発覚した。それから月1、2回実家通いをしている。
弟妹が3人いるのだが、それぞれ事情がありほとんど実家には行けないので、私一人が実家通いをすることに。
認知症とはいえ、まだまだ軽いので一人暮らしに無理はない・・けど、今あったことをすぐに忘れるので、まずは病院には付いて行かないと、となり。病院に行くと予約票をくれるので、日記をつけるのが習慣になっている母は日記にその予約票をはさむことで、予約日に病院に行くことはできる。ただ、診察時になにを言われたかはすぐに忘れるので、自分がなんで病院に行っているのか、飲んでいる薬は何のためなのかわからなくなっていた。病院への付き添いを始めて、保険証の管理も難しいことがわかったので、失くなったらめんどくさいものは私が管理することに。なので病院の予約日には必ず私が実家に行かなければならなくなった。
それから、お金の管理ができない。幸い買い物に行った時に言われた金額を財布から出すことはできるのだが、財布のお金が少なくなった時にストックから補充することができない。現金をどこにしまってあるのか覚えていられないから。それなら財布にたくさん入れておけば、とやってみたら、財布に沢山はいっているのは怖いからとお札を何枚か抜いてしまってしまう。そしてしまったところを忘れる。なので、財布のお金が尽きないうちに私が行って補充する。
通い始めて、母が同じ服を何日も着ていることに気づいた。汗をかくと着ていた服や上の下着をまず乾かそうとハンガーにかける。でも翌日にはそれが昨日着ていた服だということを忘れているので、また着てしまうのだ。さすがに下履きは毎日替えているようなので安心したが・・
なので私が行った時にとにかく洗濯。その辺に散らばっている・かけてある服をかき集めて洗濯しまくる。
母は喘息の気があるので呼吸器内科に通っているのに、掃除をしないので、、埃だらけの中にいたらダメじゃん! んで、掃除。掃除機かけて雑巾掛け。
あと、腐った野菜の分別ね。畑があるので収穫してきて食べきれない量の野菜が台所と居間に散在している。バケツに野菜入れてその上にまた野菜入れたボウルとか置いちゃって、またその上に・・って腐り野菜のミルフィーユの出来上がり。腐臭に耐えながらそれらを回収するのです。もちろん、冷蔵庫の中も漁って、賞味期限切れの肉や魚をゴミ袋にGO!
そんなそんな実家での作業の最大の障害が、ガラクタ。
もともと両親は片付けも掃除も苦手で、父が生まれた頃から住んでいる、今風に言えば古民家である実家はガラクタだらけ・埃だらけ。頻繁に実家に通うようになって家事のやりにくさに気が狂いそうになった。そうこうするうちに去年父が亡くなり、葬式で妹が実家に滞在している間に大掃除することにした。掃除といってもまずは要らないモノを捨てること。父が生きていて母がまともなうちは娘たちが勝手に物を捨てたりできなかったけど、今ならやり放題だ! だって、今の母は何かを捨てられたことも忘れちゃうからね。私がたまに来て少ない時間でささっと掃除洗濯できるようにするのが目的だった。私もそんなに家事上手じゃないしね。
妹と二人でガラクタの分別をしているうちにどんどん白熱してきて、これは妹がゴミの日に捨てるだけじゃ間に合わない、業者を呼ぼうということになった。トラックに来てもらってゴミをたくさん捨ててもらった。ちょっとゴミが減ったら、どんどん要らないものが目につくようになり、、だって古いボロボロのタンスや収納家具の中身のほとんどはガラクタで、中身を捨てたらこの家具要らないんじゃね?というか、くだらない家具があるせいで埃が溜まりまくっているのが許せなくなり・・結局トラックに3回来てもらって、家の中がすっきりした。
ガラクタが無くなってからの掃除も大変だったんだけどね。埃だけじゃなくてネズミのフンや虫の死骸との戦いだったー
捨てまくっている時は母はちょっとナーバスになっていたけれど、案の定すぐに忘れた。びっくりしたのは、狭い部屋に父の母のベッドが置いてあったのを母がデイサービスに行っている間に黙って一つ捨ててしまって、さすがに怒るかなと思ったんだけど、帰ってた来た母はベッドが減っていることに気がつかなかった・・
まあまだ手付かずの戸棚とかあるのだけど、普段の掃除洗濯は手早くできるようになった。なんかもう、実家の片付けは悩みの種だよね。母が認知症になったのは予想外でショックが大きかったけれど、まだ自分に体力あるうちに片付けができたのは良かったなと思ったりする。