(Pixabayより 円形劇場 プロヴァンス アーキテクチャ - Pixabayの無料写真)
今回も『世界の美しい古都』から。
フランス アルル。
「紀元前にローマの植民地が設けられ、中世初期に最盛期を迎えた。
市街には1世紀末頃につくられた円形闘技場をはじめ、ローマ時代の遺跡が数多く残る。」(『世界の美しい古都』より)
また、ゴッホにも関係がある土地とのことで、ゴッホのことを本で読んでみた。
ゴッホはオランダ人。なんか家系図もけっこうすごい感じ。芸術に携わっていたり、工芸に携わっていたり、牧師をしていたり。
ゴッホのお父さんは牧師さん。
ゴッホが生まれたのは1853年のことで、兄弟が4~5人いる。
ゴッホは最初、普通に働き始めた。(16歳くらい?) だけど次に聖職者を目指した。
だけどそれもうまくいかなかったので、次に画家を目指し始めた。
ゴッホの人生は見ているとおもしろい。おもしろいというか、かわいそうだったり、大変そうだったりもするんだけど。
なんだかこだわりの強い人で、本で読むだけではその「付き合いづらさ」は詳細には感覚が分からないんだけど、
「本人も苦労したんだろうなー」という感じの印象だ。
最初は故郷のオランダや隣国ベルギーの町を数か所転々として絵を描く。そしてフランス、パリに出て、さらにそこからアルルへと移る。(パリはフランスの北側にあって、アルルはフランスの南にある。アルルのことは本でよく「南仏」と書かれる。)
ゴッホってちょっと言ったみたいに、人付き合いに難があって、ゴッホ自身も生きづらそうな人生を送ってきた。
そのなかで、このアルルにいた頃(到着してすぐあたり)は人生の中で一番明るい雰囲気だったと言ってもよさそう。
ゴッホの画家人生を「初期(オランダやベルギー)」、「パリ時代」、「アルル時代」、「サン・レミ時代」、「終章」に分けて書いている本があるんだけど、パリ・アルルの頃は絵の色が明るくなる。アルルの頃に描かれたのは、絵にあんまり詳しくない私は知らなかったけど『アルルの跳ね橋』や『夜のカフェテラス』、そして有名な『ひまわり』など。その本でも、「アルル編」の小見出しは黄色になってるけど、なんかパッと見アルル時代の絵は黄色だ。(黄色じゃないやつもあるけど。)
↑(これがアルルの跳ね橋。 ブリッジ カマルグ アルル ヴァン ・ - Pixabayの無料写真)
まあ、アルルでも結局ゴーギャンとうまくいかなかったり、精神病を患ったりして、また「難のある人生」みたいなものはやってくるのだけど。
アルルにいたのが1888年から1889年(34歳から36歳のころ)。
1890年に、37歳で亡くなる。20代後半で画家をやり始めたため、短い人生の中でもさらに10年ほどしか画家をやっていないんだね。絵は分からないんだけどさー、(もちろん本で見るのと実際に見るのとでは抱く感覚も違うのかもしれないけど、)ゴッホの生い立ちとかは、興味ある。
今『フィンセント・ファン・ゴッホの思い出』(ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル著の日本語訳)を読んでます。

