もう、18年も経つのか。
あれはまだ、娘が10歳ぐらいだった秋、学校がお休みで、二人で日帰り温泉に行った。
併設の施設で産直野菜などを買って、お財布は空。
今日は、夫も夕飯は要らないって言うし、お風呂は済ませたし、簡単な夕飯を食べさせて、あとは寝るだけ、と、幸せな気分で、車を走らせていた。
片道2車線の国道の右車線、前の車がウインカーを出し、左に移動している。
なんだろう、来る時は工事などしてなかったのに。
自分の番になり、ウインカーを左に出そうとしたが。
前方に見えたのは、白い紙袋?いや違う、ネコだ。
反対車線から渡ってきたような向きで、項垂れている。
えええええー。こんなところにいたら、じき、真っ暗になり、車に轢かれてぺったんこになる。
瞬間、左のウインカーをハザードにして、車から降りた。
せめて、歩道に逃がそうと。
抱き上げた瞬間思った。
「だめだ、こりゃ」
明らかに、成猫、なのに、紙みたいに軽い、これは、歩道に置いたって、生きてはいけない。
そのまま、車の後部座席に放り込んだ。
とにかく、かかりつけの獣医に連れて行こう。
だけど、財布は空だ。
この子は、長くは生きられない。そのぐらい、何匹もの猫を世話してきたからわかる。
安楽死をお願いした方がいいのか。
いくらかかるか。家に寄って、お金を取ってこなきゃ。
それに、家には3匹の猫と1匹のウサギがいる。全て保護動物。そして、保護する度に夫に怒鳴られていた。
この子達に病気やノミダニ、移っても困る。
たった数秒の間に、これだけのことが浮かんだ。
あー、また夫に怒られる。
「俺の稼いだ金をそんなことに使うな!」
生活力のない主婦は辛い。
離婚したら、私立の学校に入れている娘の学費も払えない。動物4匹もいたら、身動きが取れない。
夫の鬼のような顔が目に浮かぶ。
さっきまでの、ほのぼのとした気分とは打って変わって、絶望のどん底に落とされた気分。
と、助手席の娘が聞いてきた。
娘「ママ、この子、どうするの?」
私「今から、獣医さんに連れて行くわ」
娘「・・・抱っこしていい?」
内心、ギョッとする。もし、何か病気を持っていたら、うちの猫たちにも移ってしまう。
そうなると、また医療費がかかる。で、夫からまた怒られる。それに、せっかくきれいにお風呂に入ってきたのに、あーあ、嫌だな。
なんて、色々頭に浮かんだが、冷静を装い、娘に言った。
「抱っこしてもいいけど、病気があるかもしれないから、バスタオルに包んでね」って。
半長毛だったらしいその子の毛は、フエルトのように固まり、まるで、恐竜の鱗のようだった。
私は本気で、この変な塊は、なんですか?と、まさか、毛だとは思わず、獣医さんに尋ねたぐらい、奇妙な生き物に見えた。
それを、抱っこするって? 勇気あるな、この子は。
しかし、娘は、言われた通り、日帰り温泉で使ったバスタオルを出し、その子を包んで膝に抱き上げ、愛おしそうになぜている。
そして、言った。
「猫ちゃん、ママの車でよかったね。もう、大丈夫だよ。」
その言葉を聞いて、私は、どんなに夫に非難されようとも、今までやってきたことは、
間違ってはいなかったんだと、確信した。
それから、2ヶ月、その子は懸命に生きた。
後になって、なぜ、その子を保護した理由、と言うか、運命を知ることになった。