家での生活は伯母が居るとはいえ、両親よりは多少気を使う部分もあるし、やんちゃ年子男子の世話もあるので寝て過ごすと言うのが全くできない

日中保育園に行ったら静かにはなるんですけど、それでも朝や夕方になると伯母や旦那に任せても自分もつい動いてしまう
沐浴や授乳したりちょっといろいろしちゃうとまた授乳の繰り返し
3人目となると産後の床上げとかもう関係なくなりますね…
そうやってなんだかんだ動くからか一昨日の17日(産後7日目)、朝9時過ぎにトイレ行ったら鶏卵大のレバー状の塊がナプキンへ





しかもそのあとから鮮血がドバドバでて午前中だけで夜用ナプキン4回変える
たまに1㎝大程度のレバーはあり
怖くなりとりあえず病院に連絡したら様子見てと指示あり午後からは横になり過ごしました
その後15時くらいにトイレでまたピンポン玉くらいのレバー状の塊が出るも、それが出たのを最後に大きな塊が出る事なく悪露も急に減りました
3人目にしてこれまた初の経験だしあんなデカいレバー状の悪露がでてそのあと鮮血が何度も出たらビビります
妊娠、出産何度経験しても初体験が増える
退院日には三男坊の名前も家に帰宅早々、旦那が決めその日のうちに出生届も出しました
三男坊も晴れて家族の一員に
妊娠後期に焦って名前候補を出し合いなんとか間に合ったw
長男や次男と同じ止め字で合わせようかも考えましたが三男坊は合わせませんでした
名前の決定権は全て旦那に委ねているのですが、いくつか出した候補から毎回私はこっちがいいなぁと思う方と逆を選ぶ旦那
感性が合わない
w
でも、今長男や次男の名前を思うと私が良いなと感じた没候補だと合わないなと感じるので⁈旦那が選んだ方で間違いなかったと思えます
なので今回もきっと三男坊にぴったりな名前なんだと思っています

あと、帰宅してからもカルテット激痛は多少軽減したもののまだあります
痛みに弱い自分が情けない
乳首の切れに対しては退院前日の日中に保護器を使用するもダメだったのですがやはり痛みに出血…乳首を保護するのも大事と夜勤で人も居なく大変なのに助産師さんが授乳のたびに付き添い指導してくださり保護器にもう一度トライしなんとかマスター
最初三男坊も嫌がっていましたが私の乳首が悲鳴をあげていたので保護器があるとないでは雲泥の差
つけても痛みは全然ありますが直母よりマシです
そして私のパイ
が起動するまで混合でと頑張っていましたが、なるべく搾乳(あまり取れないですが)してあげていました
でも、昨日助産師による外来で体重を測ったら…退院から全く増えておらず

混合で良いと思いつつも私の中でもっと母乳頑張りたいって気持ちが強くミルクあげる量が全然足りてなかったと反省しました
ごめんね…。
また、退院後から日々、黄色くなる三男坊。次男の時こんな黄色いかったかな
4年前の事なんてもうあやふやだしこんなもんかなぁ
でも長男(黄疸で光線療法経験済み)の時に似てるなぁと思い、とりあえず日中はカーテン越しに日光浴させて過ごしていました
心配なので昨日の助産師外来で相談したらミノルタ値を測定してくれました
測定を一緒にみてると、最初20と数値が出てもう一度助産師さんがはかり直し22と出ていました
その場で大丈夫ですよ〜とかの声かけがなく、ちょっとお待ち下さいね。と言われ嫌な予感
そしたら少しして先生も来て、ちょっと黄疸の数値が高いから入院して治療しましょうと
三男坊、即入院となりました


光線療法することになりました
長男の時は初めてだし長男だけ入院が伸びかなり取り乱しましたが、この経験もあり全く取り乱す事なく預けらました
でも気持ちとしてはやっぱり一緒に居られないのは悲しいし寂しいです…
他に子どもたちも居る事を思うと泣いても意味ないし、逆に酷くなりすぎる前に早く気づいて相談出来て良かった
と前向きに考えました

今日退院出来たら良いなぁ
あと、あまり母乳も出ないのは仕方ないからミルクガンガン足して早く黄疸を治してあげたい

帰宅するとなかなか時間もなくブログも書く時間も減りますが、こんな拙いブログにいいねやコメントありがとうございます
これからは育児に専念しつつまたイベント⁈が起きた時中心に記録としてブログに綴って行こうと思います
カテゴリーもこれを機に妊娠から育児へ変更させていただきたいと思います