今日のブログはすごく長くなってしまい、普段に増してかなりマニアックな内容なので、興味のない方はスルーして下さい
本宮方面に向かう途中のランチの後、道なりに少し前宮方面に戻ってから道を曲がり、守屋史料館へ寄りました
事前に調べてくれた夫によると、かなりグロい展示もあるかもしれないとのことで、念の為に食後に行ったのです
恐る恐る向かったのですが、思ったより全然大丈夫でした
一応昔は歴史を専攻していたので、気持ち悪いと言われるような資料も、結構大丈夫だと自分では思っています
そもそも歴史テーマは人の争いや生死に関わる事柄が多いので、資料に関してはわりと何でも平気です
守矢資料館は、江戸時代まで諏訪大社の神長官をつとめていた、守矢家の敷地内にあります
明治になり、守矢家は一子相伝で76代続いた神長官の位を放棄したそうです
ちなみに現当主の78代目は女性で、長年教育者をされていた方だそうです
史料館は、この地方出身で守谷家現当主の知人でもある建築家・藤森照信氏によるもの
著名な方だそうですが、この資料館がデビュー作ということです
建物は鉄筋コンクリート造りですが、屋根には諏訪産の鉄平石、外壁にはサワラの割板、内部にはワラ入りモルタル、手吹きガラス、鋳造による金具などが使用され、周囲の景観を損ねないように配慮されているとのこと
中に入って展示を見ていると、入館者が何組か集まったところで、職員の方が展示と古文書などについて、解説してくれました
資料館内部は、古文書以外は撮影OKでした
この手の場所では、かなり珍しいことです
ぶれてしまった上に、小さい写真ですが、御頭祭という上社の儀式の模様です
今も毎年ある御頭祭りで使われる、鹿やイノシシの頭部の剥製です
現代は剥製を使用していますが、昔は狩りの獲物で鹿75頭、猪、兎などを祭りに使っていたそうです
他にも儀式に使われた、動物や貢物のレプリカや剥製などありましたが、写真は省略して…

もっと昔、古代の祭りでは、儀式に現人神の童子を人柱として云々…という話も残っており、なかなかディープな世界なのです
巫女(シャーマン)ではなく童子(男児)という辺りなど、ユダヤ教等との類似点も、一部の研究者などから近年注目されているようです
この地で原始より崇拝されていたミシャク神も、神話や儀式に多くの類似点があるため、ユダヤ教のイサク伝承と結び付けて考える説もあるそうです
あくまでも私見としては、ユダヤ教との関連はあっても不思議ではないものの、直ちに結び付けるのは少し安易かもしれないと思ってしまいます
古代の神話は、一つに限らずどこの国や地域でも、類似している点が多くみられるからですが、あまり詳しく調べていないので、何ともいえません
ここまで古代の神話や、現代にも残る神事や風習が絡んでくると、史学というより民俗学や文化人類学の領域になると思うのですが、興味が尽きずにとても面白い分野です
資料館の奥のスペースでは、「室町時代の古文書」という企画展が行われていました
今回の旅行で、私が一番といっても良いくらい印象に残っているのは、個人的にはこの企画展です
ガラス越しとはいえ、本当に貴重な室町時代の文書が、思いがけず見れて驚きました
どの古文書も、保存状態がとても良いようにみえました
普通の博物館のように、現代語訳や解説などもきちんとついていますし、頼まずとも職員の方の解説がもれなくついてきます
静かな場所で、ほぼ貸切状態で見れるのに、入館料は100円です
守矢家と諏訪大社に伝わる資料の一部に限定されているからかもしれませんが、こんな貴重な機会は滅多にありません
規模は全然違うとしても、有名博物館の巡回展示や観光地だと、大抵は高いし混んでいる場合が多いので、こういった場所はとても貴重ですね
歴史好きとしては、この古文書や昔の絵だけでも、半日くらいずっと見ていたい気持ちになりました
古代の原始信仰から変遷を経て、その時々の政治や時代の波とうまく付き合いながら、よくここまで諏訪大社を存続させてきたと、感心させられます
資料館を出て、少し丘を登ると、側面から建物を見ることができました
敷地内の奥の、御左口神社です
さらに坂道を上ってみると、他にも藤森照信氏の建築物がありました
茶室 「空飛ぶ泥船」
その後もさらに奥に、もう一つありました
茶室 「高過庵」
建築に関しては全く無知なので、この建物を見ても「トムソーヤーの冒険」しか思い浮かびませんでした
どちらも特別な日でない限り、公開しておらず入れないそうです
こんな貴重な建物が都会にあったら、隠れて無理に登る人が出てきたり、知らない間に誰か住みついてしまいそうですね








