今年の2月、飲酒運転撲滅を願い
数多くの有名人、アーティスト、一般人が参加する
SDD=Stop Drank Driving というプロジェクトに参加した。
飲酒運転からなる悲惨な事故、そこから生まれる
不幸の数々、人々、それらを失くしたいという
切なる願いからこのプロジェクトは発足した。
参加した際の子供たちの発表が忘れられない。
飲酒運転というものは本来、大人の問題であるが
これを真剣に捉えて発言していた子供たちの言葉。
『飲酒運転は必ずなくなると信じています。』
その言葉は、お酒を飲んだり、運転をしたりする私たち大人を
無条件に信じてくれている子供たちの言葉。
その言葉に応える為には、私たちがしっかりしなくては。
子供たちが信じてくれているんだから。
しかし、なくならない悲惨な事故の数々。
飲酒運転では無かったにせよ、大人の運転する車で
悲惨な事故が起きている。
病気、無免許、考え事。
理由は様々だが、許されるべき問題では無い。
病気の方を中傷する気はない。
しかし、発作などの恐れがあり、医師から止められているなら
もっと対処のしようがあったはずだ。
考え事だって、大きな悩みを持っていたのかもしれない。
でも、それを起因として今回のような惨事を生んでいては
悩みなどではなく、一生罪の意識に苛まれるようになる。
無免許で起こった事故などは論外。
一概に親を含めて批判するのはどうかと思う反面もあるが
しかしながら、未成年者である以上は親にも責務がある。
人間だから、ミスはあるだろうが、やって良いミスと悪いミスがある。
取り返しのつくミスであれば、そこから学べば良いが
取り返しのつかないミスは起こさないように徹底して注意すべきだ。
その判断の基準は個人に委ねられている訳ではあるが
それにしてもその基準の低さに憤りを覚えてしまう。
となるとやはり、分け隔てない基準を設けてはどうかと感じる。
免許交付の際のメディカルチェック、発作などの恐れがある
病気にかかってしまった際の一時運転停止義務(一時免許停止)など。
そうでもしないと、こんな惨事を未然に防ぐことは出来ないのだろうか?
子供たちの将来を守る為なら、何をする努力も惜しまない。
どんなことをしてもかまわない。
そういう気概で、私たち大人は居たいものだと思う。
無条件に赤の他人を信頼してくれる子供たちが現実に居るのだから。
『飲酒運転は必ずなくなると信じています』
この言葉通りに。