一昨日のブログで鎌倉のもやい工藝に訪れ、もやい工藝のオーナーであり、日本民芸協会の常任理事でもある久野さんとお話をさせて頂くことができたことを書きました。


2時間ほどお話をさせて頂いた(ほとんど聞いていた)のですが、民芸一筋に四十年やってこられた自信と情熱を深く感じ、信念のもと一つの仕事に没頭し、やり続け、追及しているということに、男として憧れを感じる部分もありました。(しかし都城焼(みやこのじょうやき)のことを、知った顔で「とじょうやき」と言ってしまい、恥ずかしかった。。)


なぜ会いにいったかというと、僕の会社はスマートフォンやiPadのアプリの企画制作がメイン事業ですが、設立をする時にもう一つ、仕事を通じて日本の社会にふみこんだことをしたいと考え、理念としてもあげていて、その時には具体的なことはまだあまり考えていなかったのですが、その後いろいろなきっかけもあり、日本の工芸に関わることができないかというように考え、あるお願いごとに行ったのです。


すぐにどうこうという話ではありませんが、まずはちょくちょく顔を出すようにしなさいというように言ってくださり、たまたま昨日勉強会だったので、2日続けてお伺いしてきました。


勉強会というのは、久野さんが中心となっておこなっている手仕事フォーラムという会の勉強会のことで、毎月おこなっているようです。

http://teshigoto.jp/index.html


参加者数は2、30名ほどだったでしょうか。久野さんと同世代の60代や50代もいらっしゃいますが、僕と同じ30代や40代の方が多かったです。また、女性が多いかなと思っていましたが、半分は男性でした。


昨日のお題目は白磁と麻について。前半1時間は久野さんが白磁の話を、後半1時間は大橋さんという東京造形大学の教授が麻についての話を、話は歴史的なことから作り手のことまで、非常に深い話で面白かったです。


民芸の意味すらよく分かっていない僕には、途中当たり前のように使われる専門用語が何のことか分からないことも多く、勉強の必要性を感じました。


早速今日柳宋悦(やなぎむねよし)という人の著書、民藝四十年という本を青山ブックセンターで購入し、読み始めました。また、「手仕事の日本」という本もさっきアマゾンで注文しました。中古ですが。まずはできることからはじめようという感じです。



蛇足ですが、民藝四十年のはじめのほうに『失われんとする一朝鮮建築のために』という章があり、柳宗悦が朝鮮の光化門という門(今のソウルにある)が取り壊されようとしているのをただひたすら嘆いているのですが、今は跡地にでもなっているかと思いネットで調べたら、つい先週の日曜日に復元工事が終わって一般公開されたばかりとのことです。しかもこの門は景福宮(けいふくきゅう)というところにあるのですが、おそらく高校生の修学旅行で行ったところではないだろうか。。


なんか僕はこういう偶然に弱くて、呼ばれているような気がしてしまいます。そのうち行ってみるかな。