今日は

ちょっと軽めの上着でちょうどいいくらいにあったかくて

せっかく天気がよかったから、母の買い物について行った

スーパーとユニクロとドラッグストアと本屋さんと雑貨屋さん

なにか特別なことがあったわけじゃないけど

穏やかに過ごせて、しんどいこととか痛いことがほとんどなくて

そんな日はここしばらくなかったから

すごく うれしかったの

こんな日が

もっとたくさんになったらいいな

今日は 元気だった

シアワセだなあ




ネガティブとかじゃなくて

なんか今年もダメな気がする

予感がする

仕事に繋がらない気がする

お金稼げない気がする

ボランティアみたいなことはできるけど




なんかちがう

なんかちがう




こわいだけなのかも

克服できない 情けない

なりたい自分のビジョンがすぐ浮かぶわけじゃないけど

いまの自分じゃないことだけはわかる




私は、




土曜日だったかな?

1ヶ月後くらいに地区大会控えてて

音楽室で合奏中

合奏中断して、先生に呼ばれた

両親が来てた




何日か前に学校で行われた尿検査に引っかかって、再検査した

「腎臓病だったらどうしよーう!」

笑い話にして友達にも話してた

どうせ異常なしだと思ってたけど

ほんの少しだけ気になってた




両親に呼ばれた私は、ひとりで教室に戻って楽器を片付けてた

なんとなく、なんとなくだけど嫌な予感がして、黒板にパートのみんなにメッセージを残した

練習メニュー的なものだったと思う

そのとき私はパート長で、とにかく部活に必死だった

部活の為に生きてた

クラリネットだけが私の特技だった




いつも行ってる医院に行ったら、すぐに大きい病院に行けと言われた

車のなかでオレンジジュースを飲んだ

いったん家に帰っ…たのかは覚えていない

大きい病院に行った

小児科には前にお世話になった知ってる先生がいた

「すぐに入院してください」と言われた

わけもわからないまま入院の手続きをしてもらって

病室のベッドの上

父が売店からおにぎりを買ってきてくれた

わかめのおにぎり




それからのことはよく覚えていない

検査入院、一週間だった

「地区大会に間に合うよね!」

私は部活のことだけが気がかりだった




その間、病気が不明の私は味の薄いネフローゼ食しか食べさせてもらえなかった

ぜんぶ食べたら治るかもしれないと思って食事は一切残さなかった

大嫌いなしいたけも吐きそうになりながら食べた

隣のベッドでは小学五年生の女の子が毎晩「お母さん…お母さん…」と泣いていた
たぶん糖尿病だったと思う

ちなみに私が使ってたベッドは子供用の柵がついているベッドだった

小柄だったからかなあ




父は受験生だった私の勉強のことを気にして、いろんな教材を買ってきては私に勉強の進み具合を聞いてきた




専門の先生がいないということで、大学病院に行くことになった

腎生検をし、そこでやっと、病名が判明し、人生が変わるのである




はじまりは こんなかんじ