それから一週間、啓明先輩は私とすれ違っても挨拶すらしてくれなくなった。
・・・どうして私、こんなに避けられてるの?
胸が苦しいよ。張り裂けそうだよ。
締め付けられたように、ぎゅうっとなる。
一体、何がいけなかったの・・・?
一方の唆希哉君は普通で、啓明先輩のことを聞いても何も知らないって言う。
「神子。大丈夫?」
唆希哉君は、私の気持ちに気づいてるのかもしれないね。
私が落ち込むようになってから、すごく優しいから。
「大丈夫だよ。ありがと。」
でも私、心配かけたくないから笑顔で言う。
知ってるのは麻紀だけ。
どうしよう、私、先輩に何したの?
そんなある日のことだった。
「神子!ちょっと・・・。」
「へ?何、唆希哉君。」
「大変なんだ。兄ちゃんが、兄ちゃんが・・・!」
こんな泣きそうな唆希哉君の顔、初めて見た。
「な、何!?啓明先輩がどうしたって・・・。」
唆希哉君は少しうつむきながら、静かに言った。
「家出、した・・・。」
え?
心の中に、小さな渦が出来る。
家出・・・?
死んだってそういうことをしなさそうな先輩が?
もしかして先輩、最近おかしかったのもそれが原因じゃ・・・。
「ごめん、神子。ずっと隠してたんだけど、あのパート練習の日・・・兄ちゃんが顔出しにきた日、あっただろ?その時から兄ちゃん、何か変で・・・。話しかけても上の空だし、神子のこと話したら急に怒り出したり・・・。今まであまり表に感情を出さない人だったから、重大な何かがあったんだと思う・・・。」
私のことで、怒る?
やっぱり私、嫌われてるんだ。
でも、でも・・・!
わけの分からないまま、今までの楽しい時間が戻って来ないのは嫌だよ。
たとえ先輩が私を嫌っていても、私が先輩を2年間想ってきたのは事実なんだから。
自分の気持ちに嘘はつきたくない。
行かなきゃ。
先輩を、探しに・・・!
「唆希哉君、私・・・一緒に行ってもいい?」
私が尋ねると、唆希哉君は少しほっとしたようで、
「助かる。ありがと、神子。」
と言ってくれた。
―――3時間後―――。
私と唆希哉君は、少し遠くまで行った公園で、啓明先輩を見つけた。
でも、ベンチに腰かけている先輩の顔は、すごく辛そうで・・・。
とても見ていられなくなって、先輩に駆け寄る。
「啓明先輩!」
「!神子・・・。」
先輩は驚いた顔で私を見つめる。
「・・・まさか、神子が来るとは思わなかった。」
「先輩、何で家出なんて・・・。唆希哉君、すごく心配してたんですよ?」
私の言葉に、先輩は「ごめん。」と小さな声で言った。
「どうして・・・。先輩、悩みがあるなら言ってください。そりゃあ、先輩に嫌われてる私じゃ嫌かもですけど・・・。」
「嫌われてる?」
先輩が、けげんそうな顔で聞き返してくる。
「ごめんなさい、唆希哉君に聞いちゃったんです。先輩、私の話すると怒るんですよね。私、自分で自覚がないけど・・・。」
「何言ってんの、誤解だよ。」
久しぶりに見た、先輩の笑顔。
嬉しいはずなのに、私は頭の中がこんがらがって素直に喜べない。
「えっと・・・。どういうことですか?」
私が疑わしげに聞くと、先輩が意外な言葉を発する。
「その逆。オレ、最低だよな。唆希哉は何も悪くない、それは分かってるのに・・・。嫉妬、しちゃうんだもんな。」
ほえ?
「つまり、オレは神子が好きってこと。ほら、遊園地でも言い掛けてやめただろ?・・・神子最近、唆希哉と仲いいからさ。オレ、自分でびっくりしてるよ。こんな嫉妬心があったなんて・・・。」
えぇ~!?
せ、先輩が、私を好き?
私、夢を見てるの?
慌てて自分の頬をぎゅっとつねってみるけど、その部分はじんじんと痛みが増す。
夢じゃ、ない・・・。
先輩が私を好きって言ってくれたこと・・・。
「で、でも、どうして家出まで・・・。」
「オレさ、自分で自分が情けなかったんだ。だから、自分に嫌気がさしたってわけ。大丈夫、誰のせいでもない。」
先輩が、ぽんと私の頭の上に手を乗っける。
わあ、温かい・・・。
「で?」
「はい?」
「返事は?」
公園の木々が、ざあっとざわめく。
まるで私のこと、応援してくれてるみたい。
言わなきゃ。
2年間分の想い、しっかり伝えなきゃ・・・!
「わ、私も・・・。」
心臓がばくばくいってる。
体中、熱くなってくる。
「先輩が、・・・大好きです。」
――――言った・・・。
はあっとため息がもれる。
「うん、それ、ちょっと期待してた。」
先輩の表情が、満面の笑みに変わる。
―――――ねえ、先輩。
私、やっと気づいたんです。
恋をするって、楽しいことや嬉しいことばかりじゃない。
嫉妬してしまうことだってあるし、ケンカだってある。
でも、相手に嫉妬されたら、とても嬉しい。
それって、おかしいことかな?
私、思うんだ。
人を好きになるって、人と好きあうことって、心のシンフォニーなんじゃないかって。
心が繋がって、響きあって、初めて幸せを手に入れられる。
私、先輩に出会えてよかった。
好きになったのが先輩で、好きになってくれたのが先輩で、本当によかった・・・。
私たちはまだ、10代の子供。
だけど、人を想う気持ちに、年齢は関係ない。
だって、すべての人々の心が通じ合って、響きあって、それがいいんじゃない。
心のシンフォニーに、年齢は関係ない。
「これから離れても、ずっと心は繋がっていますよ、先輩!」
「ああ、オレもそう思ってるから。」
季節は、秋です―――――・・・。