「麻紀・・・どうしたの?」

とりあえず麻紀を家にあげて、話を聞く。

「麻紀ねえ、大丈夫?」

神太は麻紀のことをすっごく慕ってるから、小さい頃から”麻紀ねえ”って呼んでるんだ。

「ごめんね、もう大丈夫。・・・おじゃましちゃったね、それじゃあ。」

「待ってよ、麻紀。ここに来たってことは、家に帰りたくない理由があるんじゃないの・・・?」

ここから麻紀の家までは、遠くはないけど決して近くはない。

私の言葉に、麻紀は黙りこくってしまった。

「麻紀・・・今まで麻紀は、私をたくさん助けてくれたでしょ?今度は、私が麻紀に何かしてあげる番だよ。」

幼稚園の頃から、ずっと一緒だった麻紀。

強くて、いつも助けてくれた麻紀。

だから、今まで麻紀の弱いところなんて見たことがなかった。

でも、麻紀だって人間なんだよ?

辛いこと、苦しいことがたくさんあったはず。

そして、今も――――・・・。

「ねえ麻紀、辛いとき、苦しいときは、誰かを頼ってもいいんだよ。」

私が言うと、麻紀はさっきよりも大粒の涙をこぼした。

「う・・・っ・・・神・・・子・・・・・・。私、嫌だよ・・・神子と・・・離れる、なんて・・・っ。」

「え・・・?」

何を言っているの、麻紀?

その場の時間が、一瞬にして凍りついた―――――。


「どういうこと?離れるって・・・。」

麻紀は少し落ち着いたみたいで、冷静に話し始める。

「私ね、神子にも言ってなかったんだ、自分の過去。」

麻紀の過去・・・?

「私たち、幼稚園の年長――――5歳の時に出会ったでしょう。」

「うん、確か、麻紀が転入してきたんだよね。」

「そう。その転入にはわけがあって、ずっと心の中に秘めてきたの。」

何?何だか怖いよ・・・。

「私、年長より前の記憶が、全くないのよ。」

「えっ・・・。」

「事故にあって、記憶を失くした。それしか覚えてないの。」

嘘――――・・・。

だから最初の頃、麻紀は笑っていなかったんだ。

記憶がなかったから――――・・・。

「私はそれを機に、こっちへ来た。でもね、両親がいつも言うんだ、麻紀はいらない子だって。」

「何それ、ひどい!」

神太が憤慨する。

「ううん、今思うと、全然不思議でも何でもなかった。だって今の両親は、本当の親じゃないんだもの。」

やだ、麻紀、嘘でしょう?

今のが全部、嘘だったらいい。

だって麻紀が、そんな辛い思いをしてきていたなんて・・・。

「ある日不審に思って、問い詰めたら教えてくれたわ。私の本当の両親は事故の時に亡くなっていることも、引き取ってくれたおばさんがお母さんのことを恨んでいたことも。道理で、私のことを可愛がってくれないはずよね。」

そこでまた、ポロリと麻紀の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「その時から、更に両親とは不仲になった。そして、ついに――――。」

一旦、麻紀は言葉を切る。

「私ね、孤児院に入れられちゃうんだって。」


嫌、だ――――・・・。

麻紀と離れたくない。

でも、まだ子供の私たちは、こんなにも無力だ。

麻紀と、離れ離れになる――――――。

信じられない。

桃華ちゃんだって、もうすぐ啓明先輩だっていなくなっちゃうのに。


しばらく、無音の時間が続く。

その時、ガチャリとドアの開く音が鳴った。

多分、お母さんだろうな。

「ただいまーっ、・・・ってあれ?麻紀ちゃん?」

「おじゃましてます。」

麻紀は、ペコリと会釈をする。

「どうしたの、こんな時間に。お家の方、心配しない?」

麻紀がふっと暗い表情に戻る。

「あ、あのね、お母さん・・・。」

「いいよ、いいのよ神子。私は平気だから。じゃあ、おじゃましました。」

「あ、ちょっと待って。」

帰ろうとする麻紀を、お母さんが引き止める。

?どうしたんだろ・・・?

「さっき麻紀ちゃんのお母さんから連絡来て、今夜はうちに泊めてくださいって・・・どういうこと?」

え、麻紀のお母さん、そんな電話したの?

「・・・でも、そういうわけにはいきませんから。」

麻紀は、そそくさと帰ろうとする。

それを、お母さんが止めた。

「あら、泊まっていきなさいよ。麻紀ちゃんは、責任もってお預かりしますって言っちゃったんだから。」

そのお母さんの言葉に、麻紀が笑った。

良かった、いつもの麻紀だ・・・。


「麻紀、冷えない?」

「ん?大丈夫。」

麻紀はベランダに出て空を見上げてる。

うちはマンションの21階、最上階だから、夏でも風のある夜だと結構肌寒い。

「・・・ねえ、麻紀、考えたんだけど。」

「うん?」

「私と一緒に、麻紀のお母さんを説得しに行こうよ。」

私が言うと、麻紀は首を横にふるふると振った。

「いいよ、私が戻っても、不愉快なだけでしょ。私、孤児院に行くから・・・。」

「そんなの、駄目だよ!」

麻紀が驚いている。

私が、半泣きになりながら叫んだのが意外だったらしい。

「麻紀だって、一人の人間なんだよ?ちゃんと話し合って、それでも駄目だったらうちに来るといい。でも、このまま終わりなんて、納得出来ないよ!」

「うん、私もそう思ってた。だけど、いくら抵抗してみたところで、私たちは所詮子供。逆らえないんだから・・・。」

「そんなの、麻紀らしくないっ!」

私、思わず立ち上がっちゃった。

「麻紀、言ってくれたよね?幸せを押し付けるなんて私らしくないって。私も同じ気持ちだよ。麻紀の幸せは、麻紀が決めるんだよ!」

そう、そうだよ。

孤児院に行って、麻紀が心から幸せだって思えるなら行くといい。

でも、本音は違うんじゃない?

麻紀、本当はここを離れたくないんでしょ?

だったら、出来るところまで戦うべきだよ、一人の人間として!

「ねえ、麻紀。私たちは麻紀の味方だよ。私も神太も、お父さんやお母さんだって。それに、啓明先輩も心配してたよ、麻紀のこと。」

「えっ・・・。」

「麻紀には、こんなに味方がいるんだよ。だから、戦ってみようよ、最後まで。諦めるなんて、麻紀らしくないよ。」

私の言葉に、また麻紀は瞳に涙を浮かべた。

でもそれは、悲しい涙じゃなくて・・・。

「うん、ありがとう、神子。私、頑張ってみるね。」

いつもの強い眼差しに戻って、麻紀は言った。

そう、人は誰だって一人じゃない。

きっと、ううん、必ず、味方がいてくれるはずだから―――――・・・。