4月の中頃。
栗本さん、改め綾彩君のことがあってから、1週間が経っていた。
桜も散り始める頃、教室では妙な噂がたっていた。
「李駆斗の母さん、病気になっちゃったんだろ?」
「父親も、それで浮気したとか。」
確かに、李駆斗も最近学校に来なくなっていた。
最初は風邪かと思ったけど、もう4日も来ていない。
それどころか、私にも一切連絡がなかった。
「どうしたんだろうね、李駆斗君。」
幸湖が李駆斗の席を見ながら言う。
「紫昏にも何も言ってないんでしょ?」
「うん、家に行っても誰も出ないし。でも、車とか自転車とか、全員分あるんだよね。」
本当に、どうしたの、李駆斗・・・。
また妹の時みたいに、一人で抱え込んでるんじゃない?
そう思って、更に心配になってくる。
「なあ、李駆斗から音沙汰ないのか?」
声のする方を向くと、綾彩君だった。
「うーん、そうなんだよね。」
「あいつ、転校するって噂だけど。」
「えぇっ!?」
私、悲鳴に近い声で叫んじゃった。
だって、李駆斗が転校?
何も聞いてないし、そもそも李駆斗が私の前からいなくなるなんて・・・。
「嘘・・・。」
「いや、まだ噂だし。それに、本人も学校に来てないから、まだ先だと思うよ?」
綾彩君が言ってたけど、私の耳には届かなかった・・・。
ピンポーン。
今日もいつも通り、李駆斗の家のインターホンを鳴らす。
「やっぱり出ない、か・・・。」
諦めて帰ろうとした、その時だった。
「紫昏?」
4日ぶりに聞いた、ちょっと高めの優しい声・・・。
「李駆斗・・・!」
私は、まるで李駆斗がここにいるのがめずらしいように言った。
会えた・・・。
良かった、とりあえず無事そうで。
「李駆斗、どうしたの?最近学校来ないから、心配してたんだよ。」
「・・・悪りぃ。ちょっと、いろいろあってな。」
「鳴らしても、出ないから。」
「この時間帯、買い物に行ってんだ、いつも。」
李駆斗の手元を見ると、パンパンに膨らませたスーパーの袋を両手に持っていた。
「1個持つよ、貸して?」
「何言ってんだよ、オレ男子だぞ。しかも、もう家の前だし。」
「いいから!」
私は半ば、奪い取るような形で袋を受け取った。
私、本音を言うと、もっともっと話をしたいための口実なんだ。
これを逃したら、もう会えない気がして・・・。
「おじゃま・・・します。」
李駆斗と一緒に、玄関に上がる。
「何だよ、改まって。自分から袋奪って入って来たくせに。」
久しぶりに見る、李駆斗の笑顔。
ああ、やっぱり私、この笑顔が好きだ・・・。
「ねえ、おじさんとおばさんは?」
私が聞くと、一瞬で李駆斗の顔は暗く曇った。
「あ、ごめん。話したくないなら、別に・・・。」
「いや、紫昏には言っとくよ。子供の頃から、世話になったし。」
な・・・に・・・?
何だか、嫌な予感がする。
でも、耳は塞がってくれない。
「実は、オレ。」
嫌、聞きたくない・・・!
「転校することになった。」
・・・ほら。
聞いたって、いいことなんてないのに。
「・・・母さん、今入院してて。もう余命がそんなになくて、父さん、家を出てっちゃったんだ。本当に最悪な親だよな。だから、来週には愛媛にいる叔父さんのところに行くんだ。」
愛媛・・・。
ここ千葉からは、計り知れない程遠い距離だった。
「・・・みんなには、あいさつしないで行くの?」
「ああ、そのつもり。もう1回学校に行ったら、泣いちまいそうだもん。だから、他には誰にも言うなよ。」
今日会えて、良かった・・・。
もう2度と、会えなくなるところだった。
「李駆斗、私見送りに行くよ。」
「いいって。空港で泣いたら、ダサいだろ?」
「泣きたいなら、泣けばいいじゃない!」
私、気づいたら大声で叫んでた。
「私、辛そうなの我慢してる李駆斗の方がダサいと思う。泣きたいなら、ここでもいいから泣けばいいじゃん。やりたいことも出来ない李駆斗なんて、ダサいよ!」
「紫昏・・・。」
李駆斗はビックリした顔をしていたけど、次第にうつむいて暗い表情に戻っていった。
そして――――・・・。
「!李駆斗・・・!」
ぽろぽろ、涙を流した。
「ちっくしょー・・・。絶対、紫昏の前では泣かないって決めてたのに・・・。」
一度泣き出すと、李駆斗の頬には次から次へと涙がこぼれる。
「どうして・・・?どうしてそんなこと言うの?私にだったら、いくらでもわがまま言っていいよ。私の前だったら、いくらでも泣いていいよ。だって私、李駆斗が好きだから――――。」
「え・・・?」
―――――!
しまった、口を滑らせた!
どうしよう・・・。
後戻りは、出来ない――――・・・。
「・・・もう1回。」
「へ?」
「もう1回、オレのことちゃんと見て言って?」
李駆斗が、じっとこっちを見ながら言う。
恥ずかしかったけど、どうせ転校しちゃうなら――――・・・。
「李駆斗が、好き・・・です・・・。」
今度はしっかり、李駆斗を見ながら言った。
「うん、オレも紫昏が好き。」
「はぁ?」
李駆斗のあっさりした返事に、私は一時停止した。
何が、起こったの・・・?
「アホな顔してる。」
「!そんな顔、してない!」
「してるって。めちゃくちゃ固まってるし。」
李駆斗が笑いながら言う。
「だって、李駆斗が急に言うから・・・。」
「先に不意打ちされたのは、こっちなんですけど。」
うう・・・。そうでした・・・。
もう、本っ当私ってドジ!
「でもさ、おかしいな。」
「え?」
「最初、会ったばっかりの時は、あんなにいがみあってたのに。」
「うん、本当。不思議。」
人生って、何が起こるか分からない。
まさか、両想い、なんて・・・。
「でも、もったいないけどとっとくわ。」
「な、何を?」
「オレじゃあまだ、紫昏を守りきれない。いつも助けてもらってばっかりだし。だから、オレが強くなって帰って来るまで・・・変わらずに、待ってて。」
李駆斗・・・。
私だって、李駆斗の優しさに充分助けられてたよ。
転んで怪我した時だって、あの理科の時間に火傷した時だって・・・。
そして何より、李駆斗と一緒にいるだけで、たくさん幸せをもらってた。
私の頬にも、涙がこぼれる。
「李駆斗~・・・。わ、私、待ってるから。李駆斗のこと、ずっとずっと待ってるから。だから、すぐ帰って来てね~。」
私が言うと、李駆斗は私の大好きなあの笑顔で言った。
「もう泣くな、泣き虫っ!」