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27歳女子が横紋筋肉腫ってガンですって もいもいのQuality of Life

2014年6月より横紋筋肉腫の闘病生活を送っています。急性骨髄性白血病を骨髄移植にて完治、10年後の2次性がんです。きっつい入院中の内容はすっとばし、発症1年後からをのんびり綴るアラサー女子の日常ブログです。(^v^)/

よく食べるのが仕事、

薬をきちんと飲むのが仕事、

よく寝るのが仕事。


状況は一進一退です。

自分が出来ることは限られていて、
満足にできないものばかり。

それでも支えてくれる家族や恋人や友人が、

悲しむ顔は見たくないから、

みんなにこにこ過ごすために、


今日も私は自分のお仕事をがんばります。


とりま、あれです。

バケモノの子観たい。( ゜∋゜)
おはようございまーすルンルン

ほぼ毎朝ヨーグルトを食べます。

種類は日によりますが、
このカスピ海ヨーグルトは結構お気に入りです。

母の手作りのいちごジャムはお砂糖を極力控えているので、相性抜群!

トロッとしてて美味しいです照れ

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16年ほど前のことですからおぼろげですが、続けます。

今回はマルクのお話。



小児科に入院が決まり、
少し学校を休まなくちゃいけないのかな、
1週間かな、2週間かな。

私はそんなに恐ろしい病気が見つかるとはつゆ知らず、検査入院だとたかをくくっていました。


そして、最初の難所が唐突にきます。

骨髄穿刺いわゆるマルクを初めてやった時の痛みといったら、それはもう凄まじいものでした。

もいもいちゃん、今から検査をするけど、相当痛いけど頑張ってね!と言い切った主治医は、小児がんの専門でした。小さい子なら眠らせちゃうけど、と言ったので、私は中学生でしたから、大丈夫ですと言った覚えがあります。口車に乗った感。

で、実際は、



1mmも大丈夫じゃなかった!!!!!!(゚⊿゚)

後の祭りや



まず局所麻酔をする痛みが…

うつ伏せになった処置ベッドが小児用だから、
足がはみ出します。ガリバー体験。

そして、だんだんと痛みを感じないゾーンが広がります。
その過程はいちいち痛いです。
先生は、やさしい口調で丁寧に、
これは痛い?大丈夫?と繰り返しながら、麻酔針を進めます。
痛いよ、痛いんだってば、ほんとに。

核心の骨髄を引っ張る針に私は背筋が凍りました。

ゴリゴリと骨を削るような音が聞こえます。

ゴリゴリ。

ゴリゴリ。

痛みは麻酔で散らしても、体の中の骨をガリゴリする感覚はきちんとあります。



そこで先生があれ?っと言いました。


!(◎_◎;)なに?!!


「針足りないや」



私の身長は当時158cmくらいでした。

小児用の針のゲージだったのか、
私の体の厚みなのか、

届かない、採取できない、という衝撃。


乙女のショックがすごいです。

気を取り直して、
その後無事取ることになるのですが…


ぎゅううううううううっと腰から下を吸い取られるような感覚と痛み。


ハリーポッターでディメンターが魂吸ってくるシーンを見ると、マルクもこんな感じだ、と思ったことがあります。魂ぬかれるーーーーーって感じです。


腰が痛くてヨロヨロします。
腰砕けてます。拷問です。


これ以降、私はマルクと定期的に対峙します。
退院後の外来でも3ヶ月に1度くらいでしょうか。
取ったばかりの自分の骨髄液を顕微鏡で見せてもらい、今回も大丈夫かな、と素人目に毎度チェックしたものです。

理科の実験を体をはってやったようなものか*\(^o^)/*

研修医の初めて、にも、幾度となく提供した私の骨髄。
この研修医の方も今や部長クラスになっていましたので、時の流れを感じます。


話が逸れましたが、
そんな風にして、その後、診断がくだるのです。


③に続く

横紋筋肉種についていろいろ書く前に、こっちもこっちでなかなかヘビーだったと思うので、かすかな記憶を頼りに書き記していきます。


私が急性骨髄性白血病だと分かったのは、中学に入学してすぐのことでした。


4月の健康診断でひっかかり、すぐに総合病院にかかるように連絡が来たのです。


中学に上がった私は、目の前のことに全身全霊で取り組んでいました。もともとやっていたバレー部に仮入部を決めたり、英語の授業を楽しみ、新しい友達を作っている途中でした。


あれよあれよと言う間に紹介状を出され、
大学病院まで行くことになりました。

入院はすぐ終わるのかと思っていたら、
ここから約1年ほどの闘病生活が始まったのです。

自覚症状もないまま血液検査で引っかかったので、発見は遅くはなかったのでしょう。

当時12歳の私は、白血病がどういう病気なのか、病名を聞いたところでよく分かっていませんでした。


なんかよく分からんけど、
ヤバいことになった。(・_・ 三・_・)


それだけでした。


その後、初めて両親が泣く姿を見ることになるのです…



②に続く
(のんびり書きまーす)
薬がとってもよく効いてくれて、
午後から吐き気も引いてきました。

お風呂にざんぶりと浸かり、
キャンドルを灯して、
あったかいハーブティーを飲んでいます。

窓を少し開けておくと、
台風が遠くにいる時の独特の風が入ってきます。

10月みたいな静けさ。
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ここだけ読むとものすごい優雅ですが( ゜∋゜)

体の中ではがんと抗ガン剤の攻防戦どんぱちなうです。


それにしても、2日目にしてこの回復力。

これはやはり!
イメンド様のお力じゃああああ(*゜▽゜ノノ゛

今夜は胸のむかつきを気にせずに寝れそうかしら。