サッチモの What a Wonderful World  と La vie en rose

なんか 心に沁みますね♪

昔が懐かしい、よき時代だったと想うのは、自然でしょうか。


生きているだけで、丸儲け、
今週もお疲れ様(^^♪

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I see trees of green
red roses, too
I see them bloom
for me and you
And I think to myself
"What a wonderful world !"

木々の緑
赤く萌える薔薇
あなたとわたしのために咲き繁る
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!」

I see skies of blue
and clouds of white
On the bright sunny day,
or in the dark sacred night
And I think to myself
"What a wonderful world !" 紺碧の空

純白な雲
輝くように晴れた日も
神秘的な夜も
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!」

I see the colors of the rainbow
so pretty in the sky
And also on the faces
of people going by
I see friends shakin' hands
sayin' "How do you do?"
I know they're really saying
"I love you"

七色の虹が
空に美しく映える
通りゆく人々の上にも輝く
握手を交わす人々
「はじめまして」と挨拶を交わしている
だけど本当は「愛しています」といっているのさ

I hear babies cry
I watch them grow
I know they'll learn
much more than I'll ever know
And I think to myself
"What a wonderful world !"

赤ん坊のなく声
彼らが育つのを見守る
彼らはわたしが想像する以上に
いろんなことを学んでいくだろう
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!」




Des yeux qui font baisser les miens
Un rire qui se perd sur sa bouche
Voilà le portrait sans retouches
De l'homme auquel j'appartiens

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
Je vois la vie en rose
Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça m'fait quelque chose
Il est entré dans mon coeur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause
C'est lui pour moi, moi pour lui, dans la vie
Il me l'a dit, l'a juré, pour la vie
Et dès que je l'aperçois
Alors je sens dans moi,
Mon coeur qui bat

Des nuits d'amour à plus finir
Un grand bonheur qui prend sa place
Les ennuis, les chagrins s'effacent
Heureux, heureux à en mourir

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
Je vois la vie en rose
Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça m'fait quelque chose
Il est entré dans mon coeur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause
C'est toi pour moi, moi pour toi, dans la vie
Tu me l'as dit, l'as juré, pour la vie
Et dès que je t'aperçois
Alors je sens dans moi
Mon coeur qui bat

思わず目をふせてしまうそのまなざし
微笑みはその唇でふさがれる
嘘いつわりのない私の恋
彼に身も心もささげるわ

彼は私を腕に抱くと
とても低い声でささやく
人生はバラ色
彼は恋を語る
月並みな言葉なのに
私にはとても意味があるの
私の心に入り込んでしまったわ
心に幸せの灯がともる
それはなぜかわかっているわ
私のために彼がいて
彼のために私がいる
彼がそう言ったのよ
そう誓ったの
死ぬまでって

彼を見ると
聞こえてくるの
私の胸の鼓動が

恋する夜は終わらない
なんて幸せ
退屈や憂鬱は消えるの
うれしくて・・・幸せで・・・

民主党が、政権をとってからというもの、政策や経済が沈滞しいてる

と強く感じている。

皆さんも、民主党の 特に 外交 ・ 経済政策への舵取りに対して

慢性的に 疑問をもってしまうのではないだろうか?


私たちは、自民党が駄目なので、民主党を選んだ。


それが正しい選択と信じて、投じた 1票なのに、

すぐ間違いだったと気付いてしまった。


何が、どこが間違いだったのだろうか?



そこで、一つの角度として、

民主党議員の経歴にスポットをあててみた、

松下政経塾出身の 議員がこんなにもいること(下記参照)をご存知だろうか?


昨今、 財務大臣の野田さんが、「円高抑制発言につき」

トンチンカンな発言を繰り返している。


そこで、すこし調べてみたら、

彼も、漏れずに、 松下政経塾出身だった。


かねてより、政治家に 勉強をする時間があるのか

(世の中の常識を知る)と書いているが、


夫々のプロフを確認してみると、


有名大学卒業 ⇒ 松下政経塾 ⇒ 政治活動


と サラブレッド職業エリート政治家としての道を歩いている。


(カリキュラムからは、 オママゴトとしかみえない。)


つまり、 社会経験をほとんど積んでいないので、

「国民の生活が第一」という まず、「国民の生活」について

どうなっているのか政治家が解かっていないので、

国民と民主党との間に大きな常識の乖離と齟齬が生じている可能性がある。


そこで、対極にある 昭和の怪物政治家 【田中角栄 元首相】


(小学校卒業・農家・商売人・逮捕歴あり)

比べてみると、違いが歴然としている。



坂本龍馬を熱望する

今の時代として、 私達は、どちらのタイプを求めているのだろうか?



美しい経歴に拘りすぎて、ペーパードライバーを 私たちは選んでいないだろうか?





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松下政経塾 カリキュラム


また1年以上の在籍により早期修了を認められる場合もある)。

全寮制で、在籍中は1年目に月額20万円前後の研修資金(生活費込み)、2年目および3年目に月額20万円前後の研修資金に加えて年額100万円程度の活動資金が支給される。

入塾資格は22-原則35歳まで(36歳以上も出願・入塾可能。ただし難易度は大幅に上がる)。

  • 各界講師の講義、卒業生による講話といった講義
  • 早朝清掃および早朝ランニング
  • 書道 剣道 儒教 講話など日本の文化や精神の学習
  • 英語 中国語 などの語学研修
  • 製造業、営林活動の体験(パナソニック 工場での製造作業、店舗での営業販売など)
  • 自衛隊 への体験入隊

なお、三浦半島100 kmを一日で一周するカリキュラム(100キロ行軍と呼ばれる強歩大会 )なども行われている。

設立当初は人材育成のプログラムが十分整っておらず、松下電器から出向してきた職員が新入社員研修と同じ方法で指導に当たっていた。しかしこの方法は「塾生を管理するばかりで自主的な活動を認めない」と社会人出身者を中心に反発を生み、中川暢三 ら退塾生を生み出した。その後民社党 同盟 系の研修機関「富士政治大学校」を参考に研修内容の見直しが行われ、現在のカリキュラムとなっている。


卒業生 政治家

民主党


衆議院 議員

   野田佳彦 - 1期生(千葉県第4区 選出)

 

参議院 議員


  • 長浜博行 - 2期生(千葉県選挙区 選出)
  • 徳永久志 - 8期生(滋賀県選挙区 選出)
  • 福山哲郎 - 11期生(京都府選挙区 選出)  


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    【田中角栄 元総理大臣】


    小学校卒業まで


    新潟県 刈羽郡 二田村大字坂田(現・柏崎市 )に父・田中角次、母・フメの二男として生まれる。田中家は農家 だが父・角次は牛馬商、祖父・捨吉は農業の傍ら宮大工を業としていた。角栄の幼少年時代に父角次がコイ養魚業、種牛の輸入で相次いで失敗し家産が傾き極貧下の生活を余儀なくされる。幼いころ吃音 があり、浪花節 を練習して矯正した。

    1933年昭和 8年)、二田高等小学校 卒業。田中自身は「中央工学校 」卒と明記していたが、大蔵大臣就任時の挨拶に見られるように「高小卒業」を一つのアピールにしていたこともあり、今日に至るまでこのイメージが強い。

    上京

    1934年 (昭和9年)3月 - 上京。[1] 住み込みで井上工業 に働きながら、神田の中央工学校 土木科に通う。途中海軍兵学校 への入学を真剣に考えたこともあったが、以下のように実業の道に入った。

    • 1936年 (昭和11年)3月 - 中央工学校土木科を卒業。建築技師として自活。
    • 1937年 (昭和12年) - 「共栄建築事務所」を設立する。
    • 1939年 (昭和14年)4月 - 応召、満州国 で兵役に就く。
    • 1940年 (昭和15年)3月 - 陸軍騎兵 上等兵となる。
    • 1941年 (昭和16年)
      • 2月 - 大病を患い内地へ帰還。
      • 10月 - 治癒と共に除隊。東京の飯田橋 で田中建築事務所を開設。
    • 1942年 (昭和17年)
      • 3月 - 事務所の家主の娘、坂本はな と結婚。
      • 11月 - 長男正法が誕生(1947年9月、4歳で死亡)



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  • 修業年限は原則2年、最長3年(かつては原則3年、最長5年だったが、財政難により短縮。


    ウィキペディアより