さて、今週も始まりました。


今年も残すこと、あと僅か。


今後どうなるのか?


今の日本マーケットは、 ある一部の大口投資家に

操作されている可能性がある。


その投資家とは、クレディスイス証券などである。


その手口に、どうしても

ハント兄弟的 マーケット支配を重ね合わせてしまう。


それは、この図を見てください。



不動産『収益ドットコム』編集長ブログ


無策な日本政府を嘲笑うように、

大口の無機質な投資家が、日経平均などを振りましているのは、

明らかだ。


チャートやファンダメンタルと基本に、「場味を読む」という

ことは、今や、日本マーケットにとって死語に近い。


「政策に売りなし」と言われるように、 このような遊ばれ方は、

「無策に風穴だらけ」と比喩されてしかるべきである。


つまりは、民主党政府の出す政策が、 

ゆるぎない政策と認知されるまで、いつまでも日本マーケットは 世界の玩具となるのであろう。


そのハント兄弟のケースで見られたように、

政府も 東証も、無機質なマネーの流入を阻止すべきである。

(今年、5月にドイツでも規制をかけたように)


そのような 信用されない市場の構築は、

良質なマネーを逃してしまい、これほど信頼を失った傷は深く、治癒には相当な

荒療治が必要となるに違いない。


今、金より銀が儲かるらしいですが、

バクチは 慎重に。



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【ハント兄弟事件】


テキサスの石油王一家の、短気で風変わりなネルソン・バンカーと彼の弟ヘルベルトのハント兄弟は、銀に目を付けた。彼ら一族は少なくとも1973年の時点では全米で最も裕福な一家であった。


70年代は不安定な時代であった。OPECの原油生産コントロールによるインフレ懸念とドル価値の相対的低下により、ハント兄弟もまた、米ドル資産の目減りに頭を悩ませていた。インフレや世界情勢の緊張に際しても、価値が減らない資産への資金移動が急務であり、彼らは金の個人保有が禁止されていたことから、銀への投資を始めた。当時の銀価格は$1.95/オンス。


  彼らが銀の買占めを考え始めたのは1977年頃のようである。ロンドン、ニューヨーク、チューリッヒ、そしてジッダで密談が繰り返された。78年ハント兄弟はだぶついたオイルダラーをもてあますアラブの富豪達と合意し、数兆の資金を使って銀の買占めをするため英領バミューダに節税用の投資会社インターナショナル・メタル・インベストメント社を設立した。リーランドとルービンシュタインが、ポートフォリオ・インシュランスというコンセプトを思いついた1979年、第二次オイルショックとソ連のアフガニスタン侵攻により商品価格が暴騰した。機は熟したのだ。8月第3週、買占めの第一歩4300万オンスの銀の買いが、ニューヨーク商品取引所(COMEX)とシカゴ商品取引所(CBOT)に発注された。



  この時の銀価格は$9/オンス。彼らは5%の証拠金で取引が出来るCOMEXを中心に銀を買いまくった。兄弟は、欧州でも別ルートで900万オンスの銀を買い付けていた。秋には銀の価格は倍になり、年末になると取引所はパニックに陥った。彼らは現物の銀を1.2億オンスしか持っていないのだ。ハント達は、世界の供給量の半分にも達する2億オンスを買い占めていた。CBOTは急遽取引ルールを変更した。3億ドル以上の契約を制限し、証拠金を引き上げたのだ。
翌年1月COMEXもルールを改正する。怒ったバンカーは両取引所の理事を訴えた。1月17日、銀は$50/オンスへと大暴騰した。

  バンカーは得意の絶頂にいた。1926年生まれのバンカーは大喰らいの800ポンドの巨漢であった。彼はチーズバーガー、チョコレート、パイ、アイスクリームを手当たり次第胃に詰め込み、そしてエネルギーに満ち、一方で足腰は軽く、頭の回転も速かった。


「金なんて、使いたいと思えばそこにあるものなんだ。重要なものは人生の中でどれだけの金を作ることが出来るかだ。つまり得点のようなものだよ。」とこの頃のバンカーはインタビューに答えている。


彼はファミリーの資産を120~140億ドルと見積もった。彼は税金の支払いを考えると、銀を売却して実現益を手に入れることは考えられなかった。買占めは続く。ところが、俄かに風向きが変わってくる。


彼らが市場を支配するほどの量を押さえてしまったので、他の投資家は銀の買いから手を引いた。

一方で高値につられて欧州の家庭が使っていた銀食器が鋳つぶされ、世界中から退蔵されていた銀硬貨コレクションまでが放出され、市場に銀が大量に売りに出てくる。一体何が起こっているんだ?といぶかるヘルベルトにバンカーは答える。「奴らは銀を磨くのに疲れたんだよ。」


こうなるとハント達は銀の価格を維持するため、資金の続く限り買い続けなければならなくなる。値段は買っても、買っても、下がりだす。兄弟は2月頭さらに2600万オンスの銀を買い付ける。3月14日FRBのボルカー議長が金利引き上げを宣言すると、銀は$21/オンスまで下落した。この頃になると彼らは1日に6000万ドルの証拠金の支払いに追われていた。バンカーは未だ値段は上がると信じていた。彼は世界を駆け回り買占めの仲間を募ったが、価格下落局面では乗ってくる相手はいなかった。3月25日遂に彼はヘルベルトに告げる。「店じまいだ。」後に銀の木曜日と呼ばれる3月27日、銀の価格は$10.8/オンスに下落した。ショックは株式市場をも襲った。ダウジョーンズは過去5年で最大の25.43ポイントの下落を記録した。

  ハント兄弟は、損失を埋めるために巨額の借金をする羽目に陥った。投資家、鉱山会社、ディーラー達も彼らに訴訟を起こす。バンカーは石油会社、不動産、そして手塩にかけて育てた競走馬を取り上げられた。ヘルベルトはギリシャ、ローマ時代の美術コレクションを、末弟のラマーは、ロレックスの腕時計と妻のミンクのコートまで差し出した。バンカーの姉のマーガレットは、半狂乱になってバンカーを詰問した。彼はうなだれて答えた。”just trying to make some money”(ちょっと金儲けしようと思っただけなんだ。)翌年連邦取引委員会が彼らを詐欺、市場操作の陰謀、及び恐喝罪で告発した。彼らのその後の人生は法廷闘争に費やされる。1987年バンカーは25億ドルの負債を支払えず破産し、フォーブスの長者番付からは永遠に姿を消すのであった。

  世間にはいつでも、ごく一部の金融資本家が結託して相場を操っている、と主張する人間がいる。しかし現実の市場では陰謀論は必ずしも機能しない。確かにバンカーとヘルベルトは銀の買占めにより、価格吊り上げに成功した。しかし、取引というものは常に反対側が存在しない限り成立しないのだ。彼らはあまりに多くを買い占めたため、売り抜ける相手を失ったのだ。価格操作は必ず終わりを告げる。「古代から事業を営む人間は常に独占を目指しました。しかし価格統制が永遠に続くことはありません。」ジム・ロジャースの言葉は、またもその正しさを立証したのである。














経済界は、G20など開催し、自国通貨安への誘導の自重を促して
ますね。

日本などは、ほぼ何も言わず、アメリカに従順なようだ。

沈黙は金 ではなく、「言うべきことは言う」ということをしなければ
、日本は、世界から、失笑をかうに違いない。

情けないが、これが今の日本だ。

これを固定化ぜず、政治の流動化を促す必要があるはずである。

まぁ~しかし、
 
今夜は、 大好きな サムの天使の歌声を聞きながら
落ちてゆこう♪

京都の頃は、いつもよく聞いていた大好きな曲。

今は、こんな心境ですね。

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This is a mean old world, to live in
all by yourself, all by yourself
oh yes it is
This is a mean old world, to live in, all by yourself
This is a mean old world to be alone
Without someone to call your own
This is a mean old world, to try and live, all by yourself
I wish I had someone, someone who'd love me true [x2]
If I had someone who loved me true
Then I know I wouldn't be so blue
This is a mean old world to try and live in, all by yourself
No, this is a mean old world to live in, all by yourself
Sometimes I find myself dreamin I found a love [x2]
Sometimes I dream I really found a love
someone who loved me true as the stars above
For this is a mean old world to try and live in, all by yourself