【どうする家康】全文掲載!時代考証 小和田哲男氏×磯P@静岡市歴史博物館(前編)
2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の放送が近づく11月27日。
徳川家康が築いた駿府城の跡の近くに建てられたばかりの「静岡市歴史博物館」で、「『家康公が愛したまち静岡』ファンミーティング」が開かれました………。
博物館の展示の一つで「家康も歩いたかもしれない」と言われる戦国時代末期の道とされる遺構のそばに用意されたステージには、ドラマの時代考証を担当する静岡大学の小和田哲男名誉教授と、NHKの磯智明チーフ・プロデューサーが登壇。約100人の方々を前に、ドラマで駿府がどう描かれるか、たっぷり語りました。
「放送前なのに、こんなにしゃべっちゃうの?」と心配になるほど突っ込んだトーク、NHK静岡ががんばって、2回に分けて(ほぼ)全文を掲載しちゃいます!
……
【家康も通った、かもしれない道の前で】
司会:「どうする家康」はどういうふうなドラマになるのですか?
磯智明チーフ・プロデューサー:
今日はよろしくお願いします。ここに初めて来たのですけれども、目の前に今川時代の遺構、道がございます。
ドラマの中で、駿府の全景が出てきます。そのときに、当時の道の幅は何間(長さの単位/1間は1m80cm余)だったのかを、うちの美術チームが調べた経緯があります。今川時代の遺構が発掘され、目の前にこういう道が広がっているのは、時代とつながっているなと思いました。こうした施設が静岡県にあるのは、歴史ドラマを作っている者にとって非常にありがたい施設だなと思います。ここでお話ができるのは非常に光栄なことだと思います。
【どうして「どうする家康」?】
このドラマの脚本は古沢良太さん。「コンフィデンスマンJP」や「リーガル・ハイ」(CX)などを手掛けた今非常に注目されている脚本家の方です。
ぜひ大河ドラマを書いていただきたいとお願いした時に、古沢さんが「一番書きたい人物が徳川家康」とおっしゃいました。「家康は織田信長のようなカリスマ性があるわけでもなく、秀吉のようなものすごい人をたらし込むようなテクニックがあったわけでもなく、とても普通の人物。その人物が天下統一という大事業を成し遂げるのは、誰もが共感できて、なおかつ感動できるドラマだと思うんです」と。
徳川家康は大河ドラマでよく登場する人物で、最近ではいい人として描かれることが少ない。関ヶ原の戦いやその前後では、石田三成と敵対する「たぬき親父」というイメージがあります。
でも古沢さんの話を伺って、家康も元を辿ると普通の人間の感性、価値観を持った人物。そういう人物が天下統一という大事業を成し遂げたんだと考えると、さまざまなドラマがあるに違いないと思いました。まさに家康の人生というのはピンチの連続。誰もが知る人物であり、結末は大体みんな分かっている。ドラマとしては、先が分かっているストーリーというのはあまり魅力がないんですけれども、古沢良太さんは「次回が気になるようなワクワクするような物語として書いていきたい。毎回毎回、大きな出来事、トラブルが起こって、それをどうするどうする、どうする家康というふうに見せていくドラマを書きたいんだ」とおっしゃられて・・・。
「でしたら古沢さん、この大河ドラマは『どうする家康』で行きましょう」と盛り上がり、そのときのフレーズが後にタイトルになりました。
【松本潤さんが語った「使命感と運命」】
磯プロデューサー:
最近放送を控え、主演の松本潤さんがメディアに対してインタビューに答える機会があり、「松本さんは徳川家康と何かご縁があると思いますか」とよく聞かれるんですが、その答えの中で印象的だったことがあります。
松本さんご自身も徳川家康という人物を直接知っているわけではなく、演じる上で理解していく部分もあると思うんですけれども、答えの中で印象的だったことがあります。徳川家康という人物が大河ドラマで主人公になるのは来年、40年ぶりになるんですね。
松本さんは来年40歳。自分が今のこのタイミングで家康公を演じるというのは、運命で結ばれていて、使命感、やり甲斐を感じるとおっしゃっていました。
古沢良太さんと松本潤さんというフレッシュな組み合わせで、徳川家康という人物を、小和田先生に監修していただいているので歴史通りに描いていきますが、どうしたら新しく面白く描けるかというとこにこだわり、作りたいと思っています。
【家康は恋愛結婚・・・?】
小和田哲男さん:
どうしても家康というと、最後に天下をとったという形で教科書にも書かれ、そういった(成功者の)イメージでドラマも描かれてしまうわけですけれども、やっぱりその都度その都度、いくつかの選択肢というか分かれ目で、どういうふうな選択をしたからこうなったんだというのが多分きちんと描かれてくると思います。
私は時代考証ということでよく「どんなことをやっているんですか」と質問を受けますが、基本的には古沢良太さんが1話1話脚本、シナリオを書いてくる。これに間違いが無いかと言うことをチェックするのが主な仕事です。脚本を読んで直すわけですけれども、「得られた情報は外に漏らさないでください」と書いてあるので、どこまでしゃべっていいかというのも限度があるんですが。
若い松平元康(青年期の家康)が瀬名(※ドラマでは有村架純さん)、関口氏純(※渡部篤郎さん)の娘と結婚するんですけれども、送られてきた台本で、2人が恋愛結婚というような描かれ方になっていたので、私は「戦国時代はだいたい武士だと親が決めた結婚を受け入れるというので、恋愛はないよ」と思いました。
ところが考えてみたら、例えば今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公になった源頼朝と北条政子も恋愛結婚だったし、戦国時代でいえば秀吉とおねも恋愛結婚なんですね。恋愛と言っても、関口氏純という今川家の重臣の娘だし、「あり得ない話じゃないから、いいですよ」ということで、「どうする家康」では2人は恋愛関係にあるというところもOKを出しました。
【駿府での成長は“一生の宝”】
司会:駿府、この静岡での家康はどう描かれるのですか。松本潤さんはどんなふうに演じられるのですか。
小和田さん:
私はいつも「カッコ付き『人質』」という言い方をしていて、普通の人質ではないと、ひとつは雪斎、臨済寺の住職に学問を付けてもらいました。岡崎ではそんな英才教育は受けられなかったはず。駿府だからこそできました。
それから瀬名と結婚する。関口氏純という今川の重臣の娘です。
しかも元服の時は義元から一字もらって、元信、元康と。まさに将来を高くかわれた、そうした少年・青年時代を送った家康は、駿府で人間として成長したんだという思いがあったんだと思います。
家康は8歳から19歳という、今で言う小学校から高校、大学あたりまでの一番勉強が頭の中に入る時代に、ここで成長して勉強したのが家康にとっては一生宝だったんじゃないかと思っています。
磯プロデューサー:
今回の家康、松平元康は「今川義元大好き」という人物として登場します。これは小和田先生が長年仰っていた今川義元をもっと歴史的に評価高くすべきではないか、家康が駿府で送っていた人質生活は本当に不遇だったのかという点も踏まえています。
これまでの家康像では母と離れ、父を亡くし、今川家の人質として不遇な暮らしを送っていたと描かれていることが多かったです。今回の家康は、古沢さんの考えもありますが、駿府にいた時は幸せだったと描いています。当時の駿府は文化的な洗練され、経済的に豊かだったという史料もあり、家康は豊かな生活を享受しながら自分の好きな勉強にも没頭でき、なおかつ今川義元の元で、重臣になるようとても大切に育てられてきたという描き方をしています。
【家康に刻み込まれた義元の思想】
小和田さん:
家康には、2人の師匠がいたと考えています。1人は今川義元。1人は織田信長。織田はある意味では力によって天下をとっていこうという人物でした。一方の今川は仁と徳で国を治めようとした。織田信長のいいところ、義元のいいところ、それを両方兼ねてだんだん自分の理想の国を造っていこうとしたのが家康ではないか。今回のドラマもそんな作りになっていれば嬉しいですね。
磯プロデューサー:
家康は織田信長とも関係を深めていく中で、すごい人物と思いつつ、信長のような力で国を治めるという政治のやり方に疑問を感じていきます。そうした中、師である今川義元のような仁と徳,人間と人間の結びつき国を治める方が、いい国を作れるのではないかと考えるようになります。信長と義元、両者の中でどういう主君であるべきかという葛藤を抱えているのが、今回の家康なんです。
ご存じのように今川義元は桶狭間の戦いで亡くなります。ドラマの早い段階で姿を消してしまうのですが、家康は義元の教えを家康は長いこと引きずる。やがて信長や秀吉の時代になり、さらにその次の時代になった時に自分がどういう国を造るのか、模範になるのが今川義元の考えた治世ではないか、家康は考えるようになります。そんな仮説で物語を作っています。
家康のルーツというか、理想の国の原点のひとつが駿府、今川義元の政治なんだと思うんです。だからこそ家康は秀忠に将軍職を譲った後、もう1度駿府に戻る選択をしたんだろうと思っています。途中家康は駿府という舞台を離れますが、今川義元という人物を通じて、駿河の記憶が故郷のようにいろんなところで蘇ってくると思います。
今川義元が討たれて、家康は大高城(尾張/今の名古屋市)に取り残されるのですが、その時に家臣たちは岡崎に行きたいというのに対して、家康は「駿府に帰りたい」と思います。瀬名と子どもたちは駿府に残していました。
後に瀬名を岡崎に迎え入れても、瀬名は今川家重臣の娘であり、今川との関係を家康はずっと引きずっていくことになるんですよね。家康にとって駿府は特別な場所で、故郷であり、戻るべき原点のようなものとして描かれ続けるということになると思います。
【最後はまた“静岡”!】
司会:晩年期、大御所時代にもう一度駿府に帰ってくるドラマになるんでしょうか?
磯プロデューサー:
このドラマの最終回は家康が亡くなるところ(予定)なので、戻ってくると思います。家康という人物は、古沢さんも仰っていますが、自分の欲望や理想のために生きのではなく、戦乱の世を終わらせるとか、国をまとめるのが使命と思って、生きていたところがあると思うんですよね。自分に課せられたミッションをクリアするために生き方をしていくような。ドラマの序盤戦はそんな片鱗もなく、いつも「どうするどうする」と悩んでいるように描かれますが、段々と自分がやるべき仕事みたいなものが見えてくる。家康の最後の最後の大仕事が、大坂の陣になると思うんです。そのときの家康は秀忠に将軍職を譲って駿府に戻っているので、駿府の時代が描かれることになると思います。
小和田さん:
今回の時代考証をやっていてよく質問を受けるのは「大御所時代までちゃんとドラマでやってくれるんでしょうか?」と。今日、磯さんからから「亡くなるまでやりますよ」と聞いて、よかったです。今のところまだ、真ん中ぐらいまで台本が来ていないので。どのへんまでいくのかというのは実は聞いていなかったものですから、安心しました(会場から拍手!)。
………
【多彩なエピソード 48回に収まる?】
磯プロデューサー:
40年前に徳川家康を作った僕らの先輩が残してくれた言葉に、「徳川家康はとにかくエピソードが多すぎて入りきらないから気をつけた方がいいよ」というのがあります。
とにかく家康は次から次へと面白いエピソードがあります。うまく料理していかないと最後までたどり着けないんじゃないかという心配があるので、上手に配分していきたいと思います。ついつい面白く描きすぎて、時間を費やしてしまわないように気をつけないといけないですね。
先ほど、大坂の陣の話が出ましたが、織田信長がとても重要に描かれていきますが、茶々・淀殿(※秀吉の側室で、秀頼の母)、秀頼もまた織田家の血筋を引くという人たちであります。家康にとって、織田家をどう乗り超えていくのかが、このドラマのテーマのひとつでもあるので、淀殿・秀頼と対峙する大坂の陣は、戦乱の世の終わりを告げる、最後のクライマックスになるのではないかと思っています。
【駿府の今川家をめぐる葛藤】
司会:駿府の今川氏は、具体的にはどのような描かれ方に?
磯プロデューサー:
今川義元は家康にとっては人生の師、政治家としての手本のように描かれると思います。家康にとってその師を失うのは非常にショックなことだと思いますし、家康は多分桶狭間の戦い(※義元の戦死)がなければ、今川義元のもとで重臣として生涯を終えたんじゃないかと思います。おそらく今川氏真に義元が代を譲った時にはそれを支える人物が家康だったんだろうと思いますし、家康にとって今川は里でもあり、仕えるべき家だった。
そのあと徳川は織田家と同盟を結んでいきますので、今川とは対立することになるんですけれども、そこがまさに「どうする家康」でして。自分の三河という小国を守るためには大国の織田信長と手を結ばなければならない。織田家に忠誠を示すには今川家と戦わなければならないというところが家康が抱えていく葛藤になっていくんだと思うんです。
これも歴史的には分かっていることですが、結局、家康は今川と敵対して武力衝突するけれど、最終的には氏真を助けてしまうんですよね。そこが家康らしいと思っておりまして。当時の戦国の時代は敵対した家は根絶やしにするのが当たり前の世の中だったのにも関わらず、家康は今川家と戦いつつ氏真を抱えることになる。なおかつ織田と一緒に武田家と戦って滅ぼしますが、武田家の重臣は自分のものとして加えていく。
織田信長的な力の必要性を思いつつも、そこに踏み切れないところが家康の人間くさいところだなと思っています。そんなところを大切にして、結果、今川家とのつきあいみたいなものが後世まで続くようになり、それが家康の政治に反映されていくんだろうと思います。
小和田さん:
今川の恩を受けていたということも家康は生涯感じていたわけで。
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とにかく今川に世話になったという思いは生涯持ち続けたと思いますし、それがあるから大坂の陣で勝って天下をとったあと、有名な「武家諸法度」を制定しながら法で縛る。この、法で縛るというやり方は、今川義元が「仮名目録追加」という分国法(領地内の法律)を制定して法で領民をまとめ上げていくという法治国家の姿から学んだんじゃないかと思っています。
司会:今川には恩義も愛着もありながら滅ぼさないといけないけど、氏真とは年も近い。友達みたいな関係になっていくのでしょうか。
磯プロデューサー:
途中までは戦って敵同士になるんですけれども、そこを乗り越えた先は幼なじみというか、仕事を忘れて気楽に話せるような友達みたいな関係になってくるんだろうなと思いますね。
小和田さん:
やっぱり武将としてはあまり能力がなかったというか。私はよく言うのですが、今川義元が多分、竹千代と言われた元康(家康)をかわいがったのは、自分の息子の氏真を見ていて「いや、これは俺ほどにはならないな」と思い、しっかりとした補佐役をつけようということで白羽の矢が立ったのが元康だったのでは。
NHK大河ドラマ「天地人」(2009年)では上杉景勝の執政として直江兼続をつけた。時代は義元のほうが前ですけれども同じようなことを考えて、将来ちょっと不安な息子にしっかり者の竹千代をつけておけば今川家は安泰だと、そんな考えを義元は思って、竹千代を一生懸命雪斎につけたり勉強させたりして補佐役に育てようとしたのではないかと思っています。
【“平和”のヒントを求めて】
磯プロデューサー:
小和田先生は昔から今川義元の復権をおっしゃっていた。家康とのつながりでいうと、たまたま僕ら(大河ドラマ制作側)は40年間、家康を主人公にするチャンスがなかったというだけで。40年前は山本荘八さんの原作があり、大河ドラマ「徳川家康」があった。そのときは我慢だとか辛抱というかそうしたことが、当時「おしん」という朝ドラがあったこともあって人に評価されたというか、時代の空気もあったんだろうと思います。
今の時代に家康を描くということは、これは古沢さんも松本さんも言っているのですが、今、戦争というものが割と身近に思えるようなところもある中で,どうやって戦乱の世を終える、平和ってどうやったらばできるんだろうという、現実的な視野に立った時に家康という人物は1つのヒントになるのではないかと。長い政権を作れた徳川家康という人物がグローバルに評価されつつあると思うんです。その家康を描くとしたらこういう視点なんじゃないか、戦乱とか平和とか、家康がどうしてそういう結論に至ったのかというところはいま家康を描く上で外せないテーマだなと思います。
【瀬名と「信康事件」をどう描く】
磯プロデューサー:
瀬名の話ですけれども、家康は瀬名を駿河に残しちゃっていて、捕らわれの身の瀬名を助けるために結構なエネルギーを割くんですよね。蒲郡にある上ノ郷城を攻めて、そこで今川家の重臣の鵜殿の息子を捕らえて人質交換をするという話も出てくる。家康は瀬名という人物にものすごい愛情があったんだろうなと。家康の日記とかをたどるとそんな人物像が浮かび上がってくるんですよ。
ただ後世からすると、築山という悪妻と定義され、信康を殺してしまったことが家康の大きな人生の汚点みたいに出てくるんですけれども、じゃあなぜそういうふうになったのかとか、家康はどうしてそういうことをせざるを得なかったのかというところがこの物語の一番というか、かなり大きなヤマ場になっていく。そこに向けて瀬名との関係、信長との関係、今川義元、そういうのを全部絡めていって、瀬名と信康をなぜ殺さなければならなかったのかというのがドラマのピークになるように古沢さんは計算して物語を作っていると思います。
小和田さん:
今までどうしても瀬名・のちの築山殿にはいわゆる「築山殿悪女説」が一般的で。築山殿が武田と内通していてしかたなく家康は彼女を殺害したんだということがこれまでの一般的な理解だったわけですけれども、果たしてそうだったのかなと疑問に思っていまして。悪女説に関しては、そうじゃないんじゃないかという異論も唱えている。そういったものが今回のドラマでどのように描かれてくるかは、私自身も楽しみにしているところです。
磯プロデューサー:
すみませんね、あまりしゃべれなくて。いや、ここをしゃべり始めると…ただ、信康事件のあとは、ほどなくして武田滅亡があって、本能寺の変があって、伊賀越えがあるというような。まさにそこの数年間に家康のものすごい人生が凝縮されています。そのあたりの次々といろんな事が起きていく中で、家康という人物が次々と決断を迫られて、次第に器を大きくしてというところがこのドラマの一番盛り上がっていくところで。そこは楽しみにしていただければなと。
小和田さん:
どうしても今まで、家康というのは最終的に天下をとったというのが頭にあるもんですから、最初からすごい武将だ、すごい人物だという描かれ方やイメージで語られてきていますけれども。どうもそうではなくて、やっぱり周りに支えられながら、あるいは相談し合いながらだんだんだんだん成長してあれだけの武将に成長していったんだと。人間の持って生まれた天性で家康があれだけの人物になったのではなくて、むしろ周りによって育てられ作られていったイメージ。そういう新しい家康像が描かれるんじゃないかなと思っています。
まだまだ尽きない2人のトーク!後編は後日掲載します。更新情報はこの「たっぷり静岡」番組ページか、NHK静岡放送局のツイッターアカウントの投稿でご確認ください。
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<徳川家康という人物が大河ドラマで主人公になるのは来年、40年ぶり。松本さんは来年40歳。
自分が今のこのタイミングで家康公を演じるというのは、運命で結ばれていて、使命感、やり甲斐を感じると>
凄いです!何か不思議なご縁を感じずにはいられませんよ。
使命感か!!
うんうん!
<岡崎ではそんな英才教育は受けられなかったはず。駿府だからこそできた>
勉学には一番大切な時期に英才教育を受けさせてもらえたわけですからね。
今川義元の期待の大きさにも驚きます。
<戦乱とか平和とか、家康がどうしてそういう結論に至ったのかというところはいま家康を描く上で外せないテーマ>
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「三方ヶ原の戦い」浜松市で展示会
徳川家康と武田信玄が浜松の地で戦った「三方ヶ原の戦い」に焦点をあてた展示会が浜松市で開かれています。
展示会は、来年の大河ドラマの主人公、徳川家康と武田信玄が戦った「三方ヶ原の戦い」からことしで450年を迎えるのを記念して浜松市が企画しました。
会場には、関係する武将たちの鎧や掛け軸、それに、戦いに関する記述のある書物など60点が展示されています。
このうち、信玄が、出陣の直前に武田方の武将に送った書状には、「三ヶ年の鬱憤を散じる」と記述されています。
「三ヶ年の鬱憤」とは、家康が上杉謙信と同盟を結び、武田方を牽制する対応をとったことを指しているとみられ、書状からは信玄が、三方ヶ原の戦いで家康と対決するに至った意思がくみ取れるということです。
このほか、会場では、現代に伝わる武将のイメージがどのように築かれてきたのか芝居や書物などを通して紹介しています。
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この展示会は〜12/4 浜松市博物館で開催中。
