~私が大人になってから一緒に過ごしたねこたちの回顧録~
仙台のペットショップの店頭にいたが
衰弱してやせ細っているのを見かねて
連れ帰った一応ペルシャのごえもん
ペットショップから連れ帰ってすぐから
耳にイースト菌が繁殖していたり
白血病を言い渡され1年の余命宣告をされたり
骨粗鬆症で骨折しやすかったりと
1年間は病院通い
当時おじいちゃんヨークシャテリア茶々丸と住んでいたけど

ごえもんと茶々丸は仲良くなりすぎて
ペディグリーチャムのビーフ(犬の缶詰)
しか食べなくなってしまったので
病院で事情を話してタウリンを処方してもらったり
カルシウムを添加したり
余命宣告されたにもかかわらず
おじいちゃん犬茶々丸が虹の橋を先に渡り
がんばらないと!と思ってくれたのか
茶々丸が見守ってくれたのか
成猫になっても2kgこえられなかったにもかかわらず
その後子孫も残し10年生きてくれたのでした
茶々丸が虹の橋を渡り
しばらくごえもんとだけの生活を送っていた年の
雪がちらつき始めた11月に
外をさまよって助けを求めて泣いていた仔猫
よくしゃべる
食べながらもしゃべる
で名付けたのが「りっぷ」
りっぷはコロコロが大好きでした

りっぷがきてとてもにぎやかになった我が家
ごえもんとも仲良くなり
うす茶色のフワフワした♂のにゃんこを3匹H11年8月23日自宅にて出産
2匹は知人がそれぞれ連れて帰り
1匹はうちでぶんたと名付けられくらすことに


ぶんたの成長を見届け
ごえもんがH13年3月29日に虹の橋を渡り
H15年とH19年に私自身の娘を授かり
娘達は生まれた時から当たり前にそこにねこが
いる環境でねこたちとともに育ちました

りっぷとぶんたは仲良し親子でした


その後ぶんたもH22年8月12日母りっぷより先に
虹の橋を渡ってしまい
H25年11月10日愛猫りっぷ19才で虹の橋を渡り
うまれた時から1日もねこがいない生活などなかった娘が
サンタクロースに手紙を書いたことで

H25年9月21日帝王切開で生まれ
里親募集されていた保護猫りりいと
H25年11月23日に家族になれました
里親募集の時のりりい
生後1カ月

1才のお誕生日

りりいの一族
H26年3月30日兄みおくん
同年4月25日父こてつくん
同年5月15日母ふうちゃん
同年5月28日兄虹恋くん
母ふうちゃん

父こてつくん

りりいの兄弟
虹恋くんとみおくん

H26年は悲しみの年
みんな虹の橋を渡ってしまいました
りりいもこの年の4月に白血病キャリアであることが判明しました
胎盤感染による場合、死産になるか
運よく生まれても長くは生きられない
白血病について可能な限り調べて調べて調べまくりましたが
覚悟だけは決めなければならなかった
まだ家族になったばかりなのに
恐れていた発症
もって2週間の余命宣告
覚悟していたつもりだけで
結局、奇蹟を信じてなんの覚悟もできていなかった
H27年8月29日
1才11カ月と8日
余命宣告をされてから19日目
苦しむことなく私を呼び腕の中で安らかに虹の橋を渡っていきました
のらっちのつぶやきは
もうこれで終わり
と思っていたら
まだ初七日もあける前から
やってきた天真爛漫なにゃんこ
名前は「福」

ねことの生活はこれからも続くようです
H27年9月1日(火曜日)晴れ
お外で迷子になって
夜になって暗くなってお腹がすいて
こまっていたら
のらねこ茶太郎おじさんが
ごんたかあさんのおうちに案内してくれたんだ
ごんたかあさんのおうちで
ご飯をもらって一晩泊めてもらって
次の日
ごんたかあさんがどこかに連絡して
連れて行かれたおうちは
のらっちって人のうち
何だか面白そうなものがいっぱいあって
居心地もよさそうだし
ここに住んでやることにしたよ
初めのうちは
にゃんとかちびとか呼ばれていたけど
福って名前になったんだ
割と気に入ってる
みんなこれからよろしく










