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His melodies wake me up.

夜明け間近なことに気付いたにわとりが、
シノゴノコケッコと騒ぎます。

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夜が明けたら、にわとりはうみねこになっていました。
野性を取り戻し、危なっかしく飛ぼうと試みたりとかします。

テレワークで仕事をするようになって1年経ってしまった。


自宅で気ままに仕事してるかといえば割とそうでもなく、リアルタイムに何をしてるか上司やチームメンバーに知られているので、仕事が遅いとすぐバレる(笑)


なので、あまり好き放題は出来ないけれど、ようやく最近、ユーチューブの音だけを小さい音で聞きながら仕事をする、ぐらいの心の余裕は持てるようになってきた。

(あまり頭を使わない単純作業のときだけだけど)



で、ユーチューブさんが私の視聴する音楽の傾向を分析してくれて作ってくれるプレイリストは、半分ちょっとぐらいface to aceだったりする(笑)


とはいえ、今までは、基本的にCDから取り込んだ音源を聴いてばかりで、動画になってるものを視聴することは割と少なかった。



と、ここまでで、前提説明。

日本人的作文をする私の文章、相変わらずの結論の見えなささよ…(笑)



でね!

小さな音で聞きながら仕事してたら、なんか、遠くの方から、キュンキュンする曲が聴こえてくる。

なんの曲を聴いてるかも意識してない無意識レベルでの、生理的なキュンキュン発生。

みぞおちの奥(内臓としてのキュンキュン器官のある場所です)がムズムズ(切なさの発生による)。


「ん?」

と、思ってふとユーチューブに目線を向けると、それは「風と貝がら」のMVだった。


わ!わわ!!!


不意に目の当たりにした画面の中で繰り広がっている世界が、いきなり滅多やたらと懐かしくて、眩しくて、ドッカーン!となってしまい、ひとまず慌ててタイムカードをポチッ、「休憩」に。



ふと見た瞬間から、何を思ったか私、いきなりface to aceと出会った最初の夏にタイムスリップしてしまった。

映像は幸せすぎるし、歌詞は相変わらず優しく、そして昔の記事にも書いたけど、明るく爽やかなのに切なくて、一気に目頭がブワーっと熱くなってしまった。



あの頃、とにかく夢中でface to aceを摂取して、夢中でライブのチケットを取り、ライブでビシバシに色々浴びては目一杯感激して。


かと思うと、暑いさなか、必死で自転車を漕ぎ漕ぎ片耳イヤホンで聴いてみたり。

昼休みに公園の水辺で足をパシャパシャしながら海の曲を聴いてみたりだとか。

そして、色んな想いを空に向かって無言で叫んで、解放されたり、幸せ噛み締めたり、胸を焦がしたりしていた。


ある一曲を聴き、そのMVを見て映像の雰囲気を感じ、それによって、ある年の夏を丸ごと思い出す。

それってすごいことだよね?



そんな突き上げる色んな気持ちにウルウルしながらMVを見ていたら、後半、エースさんの手書きの文字で歌詞が現れた。

そして思った。


あ、これ、同じく、過ぎ去った夏を思い出して、懐かしく慈しんでいるんだ。


歌詞を書いた時点でのエースさんが、どんな夏を想像して書いたかは解らない、けど、少なくとも、私はその時そう感じた。


まさに今、私が不意に降ってきた懐かしさと眩しさに胸を打たれたのと、同種の回顧の気持ちが、後半の手書き文字のあたりから感じられた。



映像も、前半の繰り返しが、前半より断片的に、前半よりノスタルジックな表現で繰り出されている。

そして最後、その、ひと夏を象徴する海が、少しだけ夕方の色に染まった映像で曲が終わる。


ここ、夕方色に染まってる、というのが、ポイントだと思う。

夕日だと、わかり易すぎるうえに暮れちゃって過ぎるもの。(笑)

そして、その夕方色の海は、前半や、繰り返しのところには、一度も出て来てない。


全て終わった上での、最後のしんみり夕方色。

そして、曲が終わると残る波の音。

幸せな夏の終わりを予感させて、その奥に潜む喪失感で胸が軋む。



でもね!

face to aceの曲を聴いてきて、より根強く信じられるようになったことの一つは、

いくら夕方になろうとも、夕日になろうとも、日が暮れようとも、またすぐ明日になれば日は昇るということなの!


いちいち夕暮れのたびに不安になってジタバタしなくていいんだって、教えてもらった。

いつでも「それでも、大丈夫。」って言ってくれるから、「そうだよね!」って返せる。


例えば、「TOUGH!」でも「風の向こうへ」でも。

もちろん、「風と貝がら」でも。



色んなことを感じた夏。

次の夏はまた全然違う夏になるから、二度と帰れない夏。

秋には、お別れする。

でも濃度の濃かった夏は、こうやってふと、ちゃんと甦るし、そしてそれは一生の思い出。


懐かしみながら、切なくなりながら、幸せな記憶を時々取り出して眺めたりもするけど、でも、今を生きている。

そんな今も、悪くないなと思えたりもしていて、そしてそれは、また日が昇ると信じて前を向いて必死に歩いたからこそ得られた今で。


それは、とても「風と貝がら」の歌詞とリンクしてると思うのです。



なにがしかを過去に置いてこなくてはいけなかった悲しみは、実はとても大きい。

でもそこにはフォーカスせず、それでも日々なんとかやって来た感じと、甘い痛みと共に思い出せるようになった今を歌ってくれている。

だから私も、過ぎたことにしがみつかないで、前を向ける。


face to aceとの出会いに、今日も感謝。