「あっ…!」
「?…あ…」
「三木さんだよね?」
きっとわたしの記憶が正しかったらそれは10年以上前のことで、あの頃の淡い恋心なんて今はもう思い出せない。うすっぺらな、若気の至り。そんなものだったに違いない。
こうしてカフェの一角。二人きりでコーヒーを飲むことになるなんて、あの頃の私が聞いたらどうするだろう。もしかしたら嬉しすぎて飛び上がるかもしれない。
どちらにせよ信じられない現実は突然やってくる。
「まさか、こんなところで会うなんて思ってなかったよ」
「そうだね、わたしもびっくりだよ」
「仕事帰り?」
「うん、木内くんは?」
「俺も仕事帰り」
「そっ、か…」
誘ったのは彼で、誘われたのはわたし。
あの頃以上に思うように続かない会話。
「あ~、えっと」
「ん?」
「三月さんは今どうしてるの?」
「どうって…」
「いや、もう昔のことだけど…」
「?」
「…三月さんて、俺のこと好きだったんでしょ?」
「えっ…」
破られた沈黙。残酷な現実。
彼にわたしの気持ちを気づかれているのは知っていた。だからこそ好きという感情を殺した。むしろ嫌いになろうとした。
わたしが彼のことを好きだということはクラスの中では格好のネタで、冷やかしも含め彼に話しかけるわたしをみんながからかっていたことは事実。女友達からのあの声援も彼の耳には届いていただろう。そしてなによりも彼はその類の事柄を嫌がっていた。苦笑いの中の明らかなる嫌悪。つまりわたしは彼に、嫌われていた。
なのに…なによそれ。
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「ねぇ、りさは好きな人いないの?」
「はぁ?何言ってんの!」
「へ~え!その感じやとおるやん」
「やだよ、はずかしい」
「ええやん、教えてや~」
「いやです」
「応援するから!」
「ほんまに!」
「仕方ないなあ…えっとね…」
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「…っつきさん、三月さん?」
「…あ、ごめんなさい…」
ふと脳裏に浮かんだのは学生時代で、彼の呼びかけで現実に戻ったわたしの顔はあの日のように火照っていた。飲みかけのアイスコーヒーのグラスを忙しなく滴が走る。
「…どうしたの?顔、赤いみたいだけど熱でもある?」
「えっ、あ、ううん!ほら、今日暑いから!」
「そう?たしかに暑いね…それよりさ…」
「っ、ごめん!わ、わたし用事思い出したから帰るね…!」
「え、あ、ちょっと待って!」
「なっ…」
「これ、俺の番号。連絡くれないかな?」
「え…」
「また話そうよ、せっかくこうして会えたんだし」
「…わ、わかった…じゃあ、ごちそうさまでした…っ!」
逃げるように走り出たわたしの手には、しっかりと蘇ったの彼への“想い”が握りしめられていた。