お久しぶりです。minamiです。
今日はおそろしく暗い話で、意味の分からない話になると思います。
わたしの中で起こった不気味な出来事のハナシ。
誰に伝えるわけではないし、伝えられないけど、書かなくてはいけないこと。
去年の冬、わたしがまだアルバイトをしていた頃のこと。
毎日仕事をして、ずっとイライラして、みんなのことが何をされたわけでもないのに、大嫌いになることがありました。
そのときに当てはまると思っていたのはアダルトチルドレンのこと。
でも、そのうち悩みは消えてしまいました。
3か月後、わたしはアルバイトを卒業して、別の会社で社会人になりました。
ありふれた言葉でも、周りの人と話す会話がなぜかうれしくて。
それは最後だから、それ以上に更新されない話だからということを薄々気づきながら。
アダルトチルドレンについては、芸能人も自覚している人、苦しんでいる人がいて。
全部自分で背負いこまなくていいんだよ。笑って生きていていいんだよ。
というようなことがネットにも多々書き込まれていて、わたしもすごく気が楽になりました。
しかし、社会人になって4か月。
将来のために、お金を稼げるような人間にならなきゃ、立派にならなきゃという焦りを常に感じながら、いつも以上に笑顔を作り、八方美人になり、他人の評価を気にして、誰かのことを疎ましく思ったり、ただただ自分らしさをなくすことに恐れながら過ごし
先輩などから「背伸びしすぎだよ」とか「言動が身の程に合っていない」などと言われたり
その時はただただ不愉快だなと思いながら受け流していました。
ある朝、偶然まとめサイトで
「自己愛性人格障害の彼女と付き合っているけどもう限界だ」
というスレッドを見てしまいました。
それが今悩んでいることのはじまりです。
スレ主さんが書いている彼女の言動、行動がなぜかわたしのモノと酷似していて
これは?と疑問に感じました。
これまでも、わたしが本当に大切に思っていたはずの人がダークサイドに落ちてしまう傾向は感じていましたが、それは強い衝撃でした。
いい人だとみんなが言っているような人だけれど
気づかれないように、人を踏み台にしてダメにすることで生き生きとしている妖怪のような人間。
調べてみると、まるでわたしの説明書のようなものでした。
別人格をネットに作ったりしながら、特に実績も功績もないのに、あったとしても過去の過ぎ去った成功にすがりながら、自分は立派な人間と思い込んでいます。
相談などを聴くと言いながら、成功しないように、もっともらしい助言をするから、人が成功したことを心から喜べません。人に好かれるためにプレゼントばかりします。
無価値な自分と理想の自分を交互に見ているだけなので、等身大の自分はいません。
それだけではなく、隅から隅まで当てはまりました。
自己愛性人格障害は、自覚をしたとしても、時が過ぎたら忘れてしまうそうです。
また同じような言動を繰り返す、治ることのない精神疾患だそうです。
また社会の中で笑顔で人を傷つけ続けるそうです。
わたしも、パートナーを作らない理由としては
また誰かを不幸せにしてしまう予感がして寒気がするのが1番の原因です。
それを止めることは誰にもできなくて
今は自覚という方法で自分を戒めている時期なので、だれも傷つけてないとは思うけれど。
わたしにとって「西野カナ」とはなんだったんでしょうか?
カラオケでマネして、他人と話すときも恋愛観はすっかりコピーして
人の気持ちよくわかるねと言われながらも、わたしは何もわかっていなかったのかもしれません。
彼女の美しさにあやかって、わたしも美しいと思い込んでいただけ。
思えば中西里菜さんのときも
AVという男の子の欲望の世界で、1人凛とした女の子が入ることで
美しい悲劇のヒロインにでもなったつもりだったんでしょうか。
いつも自分しか仲良く話せないような人と無理やり仲良くしてもらって
それをみんなの前で話して、特別だと思い込んでいたのでしょうか。
こんな風に反省、後悔している間も
その後悔さえ、反省しているアピール、演技なんじゃないか。
わたしの感じていた喜び、かなしみ、怒りなどは、他のみんなが感じていたものとは違っていたのでしょうか。
どうやったら、人に嫌な思いをさせないように努力できるんでしょうか。
全ては、間違っているのかもしれません。
こうやって、キーボードをたたいている私自身の存在も。
仕事で悩んでいるわけではありません。
この人生で、存在していいのか悩んでいるだけ。
わたしにとっては、仕事よりも、友達関係を作ること、維持すること
そのなかでやっぱり害なのでしょうか。
ネットは今回はわたしには厳しいものでした。
どんなアッパーな気分も、またそれが自己愛なのではないかという不安。
楽しくなる方法は今もたくさん知っている。
ども、それをしていいのか、ずっと迷っている。
1日に1000回は言う「ありがとう」も
100回は言う「ごめんなさい」も
わたしがこの世界で生きるための道具なのかもしれません。
ごめんなさいって
絶え間なくみんなに言えたらいいのに。
本当は別人格で書かないで、本当のわたしの言葉で伝えたかったけど
こっちの世界でこんな話をしていい人、全くいないから。
こんな話に共感していたら、みんなの人生もつまらなくなっちゃうよね。
責任は、すべて自分に。
こんな話を読んでくれたらとか
期待してしまう自分も間違っているかもしれないけれど
ありがとう。
minami*