時刻は夕方だろうか。目を覚ましたのは隆陽が最後だったらしい。白龍に支えられながら広間の扉を潜ると、背を丸めて椅子に座っている麟と目が合った。
「隆陽、もう大丈夫なのか」
「大事ない」
多少はやつれているものの、どうやら麟も問題ないようだ。
その後方の壁に背をつけている華楊はまだ衝撃が抜けないのか、隆陽を見ても小さく頷くだけだった。
そして麟のすぐ横に、見覚えのある姿を見つける。黒髪に黒曜石の瞳を持つ男性は、隆陽に気付くと深々と頭を下げた。一瞬心臓が冷える心地がしたものの、彼は変装ではなく紛れもなく本人であることは直ぐにわかった。
手入れが行き届いていないのか、髪はぱさぱさで白髪が混じっている。頰もやつれ目の下には濃い隈も見えた。高質な衣ですら土埃や赤黒いものが付着しているし、これまでの生活がどんなものかを察するには十分すぎるものだろう。
「玄家の当主、名を瑞鳳と申し上げる。この度は、私共々、妻子を助けて頂き……なんと感謝をすれば良いのか」
苦しそうな顔を隠すように更に頭を下げた当主は、今にも机に額をつけそうだ。
「俺だけの手柄ではありません。頭をあげて下さい」
ようやく頭を上げてくれた当主の目には涙が浮かんでいた。安心させるように頷くと、隆陽は視線を滑らし、とある人物へ目を向ける。
「……」
「妻子は別室で休ませている。お前の連れ、四人は外だ」
「……白龍から聞きました」
感情の読めない瞳は、昔のものから変わってはいない。それでも、隆陽にしかわからない程度に僅かに笑ってみせる彼は、間違いなく探していた兄そのものだった。
「怪我も深くなくてよかったよ。腹は白龍が縫合したが、暫くは激しい運動は避けろ」
「……はい」
胸が震える。けれども、この場には麟や当主がいる。瞬きを繰り返し、隆陽は最後に部屋の隅で所なさげに視線を彷徨わせている紘璃を見た。
「紘璃?」
名を呼ばれ、確認するように僅かな間を置き隆陽を見た彼女は足をもつれさせながら側へよる。驚いて思わず手を差し伸べるより先に、彼女は隆陽の袖を掴んだ。
「どうした……?」
「……また、変な夢をみて」
「夢……?」
どこか虚ろな紘璃を心配し、白龍に手を離すように伝える。しかしほぼ時を同じくして、背後の扉が再び開かれた。
「村の人も少しずつ落ち着いた。後は警吏を呼んで調べてもらうって」
入室してきた甘松は扉に手をかけながらそう伝える。隆陽に気付いた彼は目を丸くした。
「起きて大丈夫なのか」
「隆陽、良かった」
「心配させんなよ」
安堵を舌に乗せ、胸を撫で下ろしたのは明香と三奈。文句を言うように安心を誤魔化したのは桂皮だ。
軽く応えようと口を開いた隆陽を、蛍爛が遮った。
「もうじき日も落ちる。先に説明を」
逆らえない響きを持つ発言に、室内は静かになる。彼の声に応答したのは、玄家の当主だ。
「えぇ、説明致します。この三年、我が一族とそしてこの玄佑に何が起きていたのか。真実をお話ししましょう」
重い口を開いた彼をきっかけに、隆陽は甘松たちを促して部屋の中央へと集まった。
そして語られていく真実から、長年自分たちを取り巻いていた存在に隆陽たちはようやく近づいていく。
――もしかすれば、ことを知るのは既に遅かったのかもしれない。
