エールのようなラストシーンだと思った。
きっちゃんの母親の「仕事」を覗いてしまった場面。あれは最悪な、どうにもならない世界の約束事に触れてしまった瞬間だっただろう。
そして9歳にしてノブオは厭世的になる。
たしかキャッチコピーは「あの日少年時代は終わった」だったと思う。
幼児的万能感という言葉を聞いたことがある。幼児時代には自分の望むもの全てが、親の手を介して手に入れることができると錯覚する時期があるそうだ。
世界のどこにだって行ける。何だって手に入る。幸せになれる。といったところだろうか。
そこまで極端ではないにせよ、幼少期を思い出してみると、きっと誰にでも思い当たるフシがないわけではない。
ただノブオはこの一夏の中で、生まれてきた時には既に境遇は出来上がっていること、または弱いこと、失うこと、傷付け傷付けられることを知り、世界のどうしようもない限界を突きつけられる。
しかし最終盤、彼は遠ざかっていくきっちゃんの船を追いかけていった。
そしてきっちゃんの名を呼んだ。
どうにもならないことを知り、それでもつながろうとしたのだ。
私たちは常に何かを失った存在なのだろう。そういった前提に立った上で、それでもどうにもならないであろうことを願い続けることの大切さ。
『泥の河』の放つ切実なエールは、ひとつにはそういうことだと思う。