小林が出場した吹奏楽コンクールの都道府県大会が終わった翌日。

本来なら今日、4人で花火大会に行く予定だった。

しかし…

『ほんとにごめん。花火大会行けなくなった。』

小林から、小池にそう連絡が来たのは集合時間の30分前だった。

なんでも、『練習が長引いているから』と。

「仕方ないね。練習がんばってね。」

と返信を返すが、既読はつかなかった。

それだけ練習が大変なのだろう。


小池は予定時刻に合わせて浴衣を着付け、集合場所に行く。

土生はすでに待っていて、小池を見つけた土生が手を振った。

「浴衣かわいいね。」

ナチュラルに褒める土生に、小池は耳を赤らめる。

「ありがとう…。」

「あれ、ゆいぽんは?」

「来れへんくなったって。練習が長引いてるらしい。」

「そっかぁ…。実はさ、理佐も来れないらしいんだよ。」

土生は理佐とのメッセージ画面を小池に見せる。

『土田が帰らせてくれない。花火大会行けないわ。ごめん。』

と書かれたメッセージ。
それを見た小池は

「2人とも大変やねんな…。」

と呟いた。

「まぁ…仕方ない。今日は2人で楽しもう!」

土生は明るく取り繕ってはいるが、どこか残念そうだ。

一方の小池は、小林と理佐がいないことを残念がりつつ、土生と2人という思ってもみない状況に、少しだけ喜んだ。

小林と2人で考えた作戦は、全て水の泡だけど。



2人は人々で賑わう屋台を回る。

ふと、小池は土生の袖を引っ張った。

「ねぇ土生くん、金魚すくいしたい!」

「おっ、いいね。俺デカいの狙おー。」

屋台のおっちゃんにポイをもらい、2人はそれぞれデカい金魚を狙う。

しかしどちらの金魚も激しく跳ね、2人のポイは一瞬で破れてしまった。

「嘘やん…。」

小池は唖然として、土生の方を見上げる。

土生も無惨に破れたポイを持ったまま、驚いたように目を見開いて小池を見た。

2人で目が合った瞬間、同時に噴き出す。

「みいちゃん下手くそだなぁ!」

「土生くんだって瞬殺やん!」

なんてくだらない言い合いをしながら金魚すくいコーナーを後にする。

「あっ、射的なら俺得意!」

土生はそう言って射的コーナーに一目散に向かう。

「見ててよね。」

とドヤ顔を小池に向けた後、真剣な顔で遊撃銃を構える。

その真剣な横顔に、小池の鼓動が脈打つ。

思わず見惚れてしまう綺麗な横顔は、小池の時を止めた。


「うあああ!全然当たんなかった!恥ずかしっ!……って、みいちゃん?おーい?」

土生が小池の目の前で手を振って、ようやく小池の意識が戻る。

「ん?ああ、全然見てなかった。」

「え、マジ?見てなくて良かった。ダサいとこ見られなくて済んだよ。」

土生はホッとした表情でそそくさとその場を後にする。

小池は慌てて追いかけ

「もしかして、全部外したん?」

と土生を揶揄う。
土生はそっぽ向きながら、

「ま、まぁそういうこともあるよね。今日は調子悪いみたい。」

なんて誤魔化した。

そんなちょっとポンコツな一面も、好きだと思った。


それからも色んな屋台を回り様々な催しに参加したが、どれも結果は散々だった。
唯一、くじの3等が当たって、よく分からないキャラクターのキーホルダーをお揃いで貰った。

「何のキャラなんやろな。」

「わかんない…俺も見たことない。」

「でも、景品もらえて良かった。お揃いやしな。」

小池が何気なく言うと、土生は「そだね。」と少し照れ臭そうに頬を掻いた。
直後、急に思い出したかのように時計を見る。

「あ、てかもう花火始まるよ。急がなきゃ!」

土生はそう言って、小池の腕を掴んで走り出す。

しかし、慣れない下駄を履いていた小池は、上手く走れない。
土生はすぐに立ち止まり、

「ごめん…。下駄だと走りにくいよね…。」

と言って小池の前に屈む。

「ああ。靴擦れしちゃってるね…。気付いてあげられなくてごめん。」

土生は項垂れる。

「そんな。土生くんが気にすることじゃないし!」

「ベンチ座ろ?絆創膏持ってるから貼ってあげる。」

土生は小池をベンチに座らせ、靴擦れしていた部分に絆創膏を貼る。



その時、花火が上がる音が遠くから聞こえた。

空を見上げると、カラフルな一輪の花が広がっていた。

それは一瞬で夜空に消えて、続け様に新たな花火が絶えることなく打ち上がる。


「始まっちゃったね。」

小池は改めて夜空を見上げる。

土生と小池がいる場所からは、木が邪魔をして花火の全容は見えなかった。

とはいえ今からでは、花火がよく見える場所へ移動しても間に合わない。

「…でも、ここから見える花火も良いかも。」

気づけば周りに人はいなくなり、辺り一帯は2人だけの空間が広がっていた。

花火は見えづらかったが、小池はそれでも十分だと思った。

どこで見るかより、誰と見るか。
それが小池にとっては1番大切だった。

「これはこれで風情がある…気がする。」

土生もまた、夜空を見上げる。

小池はその横顔をチラッと見た。

花火の色彩が変わるたびに、土生の瞳や頬は色を変えていく。

その綺麗な頬に触れようとして、思わず手が伸びる。

しかし小池はすぐに、何してんだ、と自分を取り戻して手を引いた。

「綺麗だね。」

何も知らない土生は、小池の方を向いて笑いかける。

小池は咄嗟に笑顔をつくり、「うん。」と声を絞り出した。


花火は大きな音を出しながら、絶えずに打ち上がる。


小池は花火を見ながら想いを巡らせた。

今、ここで好き…って言ったら。

そんな考えが浮かぶほどに、募る想い。


花火が終わる。


土生は

「綺麗だったね〜。」

と夜空を見上げたまま呟く。

しかし、反応がない小池。

「みいちゃん?」

「…なぁ、、土生くんもしかして、最近好きな人出来た?」

真っ直ぐ土生の目を見れず、俯き気味に切り込む。

ここで真っ直ぐに好きだ、と言えずに回りくどい質問をしてしまう自分に嫌気がさしたけど。

「へ??急にどうしたの?」

「聞いちゃってん。この間、パートのおばちゃん達が話してるの。彼女と全員別れたって。もしかして、好きな人でも出来たんかなぁって。」

「…ああ。もう噂回っちゃってるんだ…。」

土生は気まずそうに呟く。

「本気の恋、始めたん?」

訊ねると、土生は頬を赤らめて小さく頷いた。

「……ははっ、なんか恥ずかしいね。この間まであんなこと言っておいて…。でも、ちゃんとケジメつけなきゃって思わせてくれたの、みいちゃんなんだよ。」

その言葉に、小池は驚く。

「"それって逃げてるだけでしょ"って言ってくれたよね。あれ、実は結構グサッと来てた。」

「あ、ごめん…。」

「ううん、むしろ感謝してる。自分の気持ちとちゃんと向き合おうって思えた。」

ああ。

小池は直感した。

土生の好きな人、それはやっぱり自分ではないと。

胸が締め付けられ、どうしようもなく苦しくなる。

「…好きな人、誰か聞いても良い?」

一か八か、可能性の薄い期待に縋り、訊ねる。


土生は少し間を置いて、答えにくそうに答えた。

「…ゆいぽん。」

その瞬間、周りの全ての音が止まった。

全身からサッと血の気が引いていく感触。

そして、走馬灯のように駆け巡る、大好きな小林との思い出。

よりによって、好きな人の好きな人が親友だったなんて。

「……そ、そっか。由依ちゃんか…。」

小池はどうにか平静を装おって言葉を発する。

「これ、内緒ね。理佐にも、もちろんゆいぽんにも。みいちゃんにしか言ってないからね。」

「…うん。」

友達として信頼してくれているのは嬉しかった。

でも、それ以上にはなれないと分かってしまって、どうしようもない切なさに襲われる。

「…帰ろっか。遅い時間だし家まで送ってく。」

土生はそう言って立ち上がる。

しかし、小池は咄嗟に嘘をついた。

「あ、実は家族も来てて。一緒に帰ることになってん。だから、ここまでで大丈夫。」

「…そっか。じゃあ、気をつけて帰ってね。またね。」

土生は疑うことなく、小池に向けて手を振る。

小池は溢れるものを堪えながら、土生に笑顔で手を振った。

土生の姿が見えなくなった頃、小池の瞳から静かに涙が伝った。