ににのブログ

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想像の中の娘と会話してるな、と、自分の母を見て思った。

実際の私を知らない、実際にどう生き、考えて行動してきたのか、知らない。

理想の娘をかかげて、

ずっと縛ってきたお母さん。

私はもうあなたの機嫌を気にしていないのに、

ずっと機嫌でどうにかなると思ってる。


もう、大事な家庭があります。

もう、大切な子どもがいます。


私が大事にするものの話を聞かないで、

ずっと都合のいい言い訳を握りしめて、

私とコミュニケーションをとらない理由にしてる。


どうせお母さんのこと嫌いやろ


私がショックを受ける言葉を、繰り返し刷り込み、罪悪感で不安でいっぱいにさせて、

お母さん、そんなつもりないのに!

お母さんのこと、責める!

と怒り出す。


ずっと苦しんできたし、泣いてきた。

お母さんは、苦しむ私がいて満足だったと思う。

不幸そうでも怒り、楽しそうでも拗ねる。

私がどんな状態でも気に食わない。


私も、悪意の中で生き、感情をぶつけられることが、当たり前になっていた。

仕事でもそうだった。

なんでも悪意に変換され、想像され、

噂話の世界。

実情や現実より、印象の世界。


でももう、そこから抜け出す。


どの心理学もお母さんと仲良く、親を敬い、親孝行することをすすめる。

私はお母さんが嫌いだと、断定したカウンセラーもいた。

精神的に距離もできて、安定していたのに、

そのカウンセラーの言葉で不安定になった。


掘り出すことがよかったのか疑問に思った。


このままの距離感では、そんなに、だめなのか?


自分ではもう分からない。私には問題があるのか。

解決すべきなのか。

世間での親子より精神的な距離はある。

母は思い込んでる。

でも私は何も思わない。

それじゃあ、ダメなのかな。まだ分からない。


周りが問題だと言っても、私はそう思わなくて。

気味が悪いと思う。

想像と思い込みの世界に見える。

機能不全家族だった私が、

ちゃんと子育て、できているのかな。


苦しかったことに、こだわりはしない。

償えとは思っていない。

でも親孝行の強要には抵抗を感じる。


ずっと小さい頃、親の面倒を見るのは私と言われてきた。

恐怖だった。背負えないから。怖かった。


ずっとお母さんの愚痴吐き場所として存在してた。

それをやめた途端、

お母さんのこと嫌いやもんね。

が始まった。


都合悪くなったから、そうゆう存在にされた。


でも、そんな想像の中で生きていても、いいと思ってしまう。

その思い込みを私が解こうと、なんだか思えない。

それが正解か?

それも分からないけど。


私は、現実を生きよう。