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こーじの“NO PLAY,NO WORK”ブログ

「不甲斐無い自分に、銃口を突きつけろ。」bykazutoshi sakurai

カフェで勉強しているとき、

チャリで移動してるとき、

買い物してるとき、


本当に色々考えて思いつくんやけど、

こうやっていざパソコンの前に座ると

何を考えてどんな結論出したか、

もう全然わかんなくなってしまう。


だからアーティストがボイスレコーダー持ち歩いてて、

作家はネタ帳持ち歩いてんのやろね。




***



今の慣れた、居心地のいい環境を手放すのは本当にこわい。


でも、もっといろんな経験や出会いを求めるなら、

自分の中にもっとスペースを作らないともう入れることができない。



今までの出会いは本当に素晴らしかった。


一緒に過ごす時間が一番長い仲間は、

そのときどきで変わっていくものなんやろう。


小さいときは家族がすべてだった。

小学校のときは兄と近所の同世代の子達。

中学高校では部活とクラスメイト。

大学では、学部、バイト、部活。



今まで出会った人たちみんなの影響を受けてここにいる。


連絡をとる頻度や会う時間が減っても、

私にとって、変わらず大事な人はたくさんいる。


環境が変われば、今普通に私の日常にいてくれるみんなとも

今までどおりの関係ではいられなくなるよね。。


めっちゃさみしいけど、

今までの出会いが自分を支えてくれて、

楽しい時間をたくさん共有させてもらったように


これからの人生で出会う人たちとも、

今まで以上にいい関係を築いて、

たくさんの素晴らしい経験をシェアできると思う。


そうやってもっと人間性を成長させたい。



もっと知りたいし、もっと広げたい。

そんな5年後10年後の飛躍のイメージが、

今の私にとっての生きる原動力やと思う。


あそびたいとか旅行行きたいとか、結婚したいとか

そんなんももちろん思うけど、

そんな目先のモチベーションだけでは

芯をブレさせずに毎日を頑張って生きていけないと思った。


休日を消化するだけの生活。

そんなんにもう耐えられへんと2年で思った。


だから今こうしてると思う。


落ち着いて気心知れた人たちだけと

慣れ親しんだ場所にとどまって生活するのは

もうちょっとあとでいい。


しっかり花を咲かせるために、

根を伸ばして茎を太くせなあかんよね。





てかまず、咲かせる気があって当然でしょ。






それに、環境を変えることは別れでもなんでもない。




特に今の時代、物理的な距離なんてほんま関係ない。


年に1回あえるかどうかもわからないけど、

大切やと思う人はたくさんいるし、

これからもずっとそうだと思う。





***






1年目2年目のとき

どんだけ楽しいことをしても決して消えなかった

心の中のどこかにいつも存在していた、

ストレスやしんどさの正体が最近になってようやくわかった気がする。


なんだかんだいって社会人生活は本当に楽しい。

だからいつもその暗闇の正体がぼやけてしまっていた。



社会に出てまもなくの頃は

どんな仕事がしたいかとかじゃなくて、

どんな生き方をしたいかがわかっていなかった。


数少ない例だけを見て、

こういうもんなんやとしか思ってなかった。



ある程度のことは許容できてしまう。

でもどうしてもこれだけは譲れないというものは

自分にとって何なのか。


いっぱい悩んで、人と話して、本を読んで

行動してやっと見つけた。



だからいまめっちゃすっきりしてる。



自分で自分の人生の手綱を握ってる感覚。


たとえそれが指示されたり頼まれたことであっても

自分の行動にはすべて自分の意思が入ってると思う。




あと2ヶ月、しっかり生活しよう。


それで、次にすすむのじゃ!!!


今日、東西線で京橋まで行く時
ホームで電車待ってたら、
反対のホームに宝塚行の快速が来て。

これ乗るだけで、川西池田まで行けるんやな。
ってふと思ってしまった。


ここにいたい。
でも帰りたい。



今、何と戦ってるんやろ。



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ずっと今のままでいれたらいいけど
やっぱりそうゆうわけにはいかないから

みんなとこんなふうにすごせる時間には
いつか終わりがくることを知ってる。



今の環境が好き。
いつだってそうだった。

高校メンバー。

スキー部。

看護の実習グループ。

ワーナーのバイト仲間。

職場の同期や先輩。

しんどいことがあっても、
人間関係で悩んでも、
なんだかんだ結局
みんなといれば楽しかった。
だからどんなときも頑張ってこれた。



いつまでも友達でいられるとは思うけど、
いつまでも今の距離ではいられないと思う。

一緒に大人になった地元の高校の友達も、
それぞれ家庭を持つようになって、
今までと同じように
旅行行ったり
飲み会したり
キャンプしたり
フットサルしたり

当たり前のようにやってきたこともきっとできなくなるよね。


一時期の自分にとって、
当たり前のように毎日目の前にあった
環境。

近すぎて、いつもそのありがたさに気づけなかった。

失う手前になって初めて
それがどんだけ大事やったか、
どれほど貴重だったかを思い知らされる。

今のままでずっといられたらいいけど
人も環境も変わっていってしまう。

どうしても。

だから自分も変わらないとあかんよね


仕事しんどいけど、
好きなこと言ってみんなで笑って
文句言いながら乗り越えて

楽しいことも嫌なことも
みんなで共有してやってきたね

今は、この職場は自分の居場所やなってすごく思う。

なんだかんだ言って。



これまで、人間関係にほんとに恵まれてきたなと思う。

自分が所属する集団のメンバーのことを
いつでも本当に好きやった。

なんだかんだ言って、やけどな。笑






ほんま、今のままでいれたらいいのに。

どんな日常も素晴らしかった。

でも、どんな日常も永遠には続かないから。

一瞬の輝きをしっかり捕まえて
毎日を大事に生きないとな。



今は、
仕事の仲間が好きで、
大学からの同期にはいつも支えられていて、
地元の友達にはなんでも話せて、
1時間半の距離に家族がいて、
気ままに過ごせる大阪の街は楽しくて、

最高。
ほんとはね。

でも永遠じゃない。

だから、今日という一日を大切にしないとね。

これから先、
どんなに周りの環境が変わっていっても
その場所で、その人たちと
「今、まじで最高」って言って生きていきたい。




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今日は3月末に職場の主任さんと話してて思ったことを書きます。


主任さんの娘さんが、
この春現役で京大に受かったそうです。

すげーなーめっちゃ勉強しやったんやろなーと思ったのと、

もうひとつ、

ってか現役京大生の親ってこんなかんじなんやー
という感想も抱きました。

今でこその視点やな…


というのも、全然教育ママって感じじゃなくて、
家庭もあるのに主任として
毎日遅くまで色んな仕事抱えて
忙しく働いてはって、
ノリは若くて明るくて面白くて
嵐のニノが好きで。笑

その大学合格の話聞いたとき、
すげー!いい教育してはりますねー!
なんて言ったんやけど、

いや、好きなようにさせてるだけよ。
ほったらかしてるから(笑)

って主任さんは言ってはった。

うん、そんな感じやなって思った。笑

けど、それがミソなんやろなとも思った。

好きなこととか得意なこと、やりたいことを
のびのびやらしてあげることが
その子の持ち味を十分に引き出すことができるんちゃうかな。

当たり前っちゃ当たり前やけど。


そんで自分はどうかなって考えた。


今でこそ親が心配するようなことしたがるから
あれやめてこれやめてと言われがちやけど、
(ごめんなさい。。)

子供のときとか学生のとき

基本的に好きなこととやらしてもらってたなって気づいた。


習い事したいとか、
部活入りたいとか、
道場通いたいとか、
どこの高校行きたい、
どこの塾行きたい、
どこの大学受けたい、
一人暮らししたい、etc.

イメージ的には心配性な親に
色々制限されてきた気でいたけど笑、

こうして振り返ってみると

「やりたい」って言ったこと、
基本的になんでもやらしてくれてたなと思った。

し、「こういう道に進みなさい」って言われたこと
一度もなかったなと思う。


自分で自分の行動に全責任を持てるようになったのは最近のこと。

でもそこまでの長ーい道のりを支えてくれたのは間違いなく、親やった。

将来役立つとかそんな計算も何も考えてなかったとき、
純粋にやりたいと望んだものはたいてい与えてもらってたんやなって思った。

だからどんな風に世の中に貢献する大人になれるか、
ここからは自分次第かな。


持ってるものを伸ばしていけるのはもう自分だけ。


今後落ち着いて家庭を築けるように(笑)

まだまだ頑張らんとやな(>_<)!




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ほんの15年前と比べても、
日本は、
世界は、
大きく変わった。

ネットの普及とか。
iPhoneとか。
SNSとか。

友達との繋がり方も、
情報の得方も、
仕事のやり方も
ものすごく変わった。

この先15年でも、間違いなく世界は大きく変わると思う。

そのとき、40歳。
まだまだ人生引退じゃない。

なんならさらにその先の世の中を
生き抜く次の世代を
ガンガン育てていかなあかんくらい。

15年後の世の中で、
時代に淘汰されずに生きていくためには
いつまでも古いやり方や考え方でいてはいけないと思う。

もしかしたらリアルに、
医療現場の大部分はロボットに取って変わられるかもしれんね

薬飲ませるのとか、
医師との連絡調整とか、
書類の整理とか、
もしかしたら患者さんの全身状態の管理までも
コンピュータのほうが速く間違いなくやってくれそうやもんね。

じゃー私にしか出来ないことは何かって話になってくるよね。

そういうことを考えることに
意味があると思うんやけどな

特に私の世代。
まぁ言うほどそんな若くないけど、
19や20じゃないから
考えられるようになったこともあるよね

そこで思うようになったこと。。

自分からなにもアクションを起こさずに
環境に身を任せているだけでは、
勝手になんかいいかんじに得しちゃうかんじとかには
絶対なっていけへんと思うねんな。

受け身で生きてたらどんな場面でも
周囲に翻弄されてストレスいっぱいになると思う。

価値の基準を自分の外に置いたらあかんと思う。

たとえば
20代で結婚して子供産んだ方がいいとか
誰にとっての正解やねんて。

そのほうがよければそうなるし、
そうでなければちょっと違うかもしれない。

ただそれだけのことじゃないの?

「絶対こうでないとダメ!」
って正解を1個に限定してしまうことに
メリットなんてないと思う。

追い詰められてしんどいだけやん
そこしか見えてないせいで他のチャンスに気づけないかもしれんやん
そこまでの過程を楽しめないなんて人生の時間を損してるやん

そうなったらそれでいいし、
そうならなくてもそれでいい。

そのくらいの気持ちでいるほうが
毎日楽しいよね

っていうまとまりのない話。

みんな結婚したくてしょーがないみたい。

それは普通のことだと思うけど、
てゆーか私も結婚したいけど(笑)、
ほかにも考えることは山ほどあるでしょって。

広い視野をもって生きたいよね。


普段、そういうこと考えてる。


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