平和で穏やかな日々を過ごす今日この頃です。約30年前に建てた家のリフォームもやっと終わり、お化粧直しをした我が家は今日の抜ける様な青空に映えてそびえていますラブおねがい(褒め過ぎ)


 昔の話ですが、丁度今頃の50年前に大好きだった祖父が肝硬変で亡くなりましたえーんじぃちゃんはとっても大人しく優しい人でしたおねがいじぃちゃんは、戦争に行く時代の人でしたが(激昔ですいません)利き手の右手人差し指の第二関節まで、職場で切断していたので、戦場で引き金が引けない理由で戦争には行っていませんでしたショボーンなので、当時のご近所さんには戦地から無事帰還された人数人とじぃちゃんしか、その年代の男性はいなったのを記憶しています爆笑


 じぃちゃんが国立病院に夏前に入院し、祖母は付き添いで(昔は介護する人はお金で雇うか身内でした)病院に寝泊まりするので、うちには母親は離婚していなかった為にご飯の準備から、薪で炊くお風呂も毎日学校から帰って年子の姉とやっていました悲しい


 父親は、自分だけ仕事帰りに何か美味しい物でも食べて来てるのか、うちらが庭のネギとかちぎって入れて作った味噌汁とか小屋(昔の家にはありました)から取って来た保存食のじゃがいもで作った天ぷらとかも食べはしませんでしたプンプン私と姉は、お腹空かせて作っているので、味見ばかりしてご飯が炊ける頃にはお腹いっぱいになっていました悲しい


 私は、10歳小五で姉は小六の時のお話です凝視

父親は良く転職を繰り返す人で、早く言えばまともに働かない人でしたむかつきそれで、優しいじぃちゃんが亡くなった後何を思ったか関東の方へ出稼ぎに行くと言いだし、年明けの冬に私の誕生日の日に出発して行きました驚き


 私らは、父親をあまり好きではなかったので面倒くさいのがいなくなるので寂しいとかはなかったです凝視


 でも、これからが私らの本当の地獄が始まるのです真顔


 又書きますね泣