
5.1chや7.1ch、はてはDolby AtomosやNHK 22.2chフォーマットなどのサラウンド・サウンドが、提唱されたり実現されたりしている現在では信じられませんが、その昔は音楽 = レコードを聴くのはモノラル = 1chのみの再生っていうのが当たり前でした。
ラジオや蓄音機がモノラルだったからっていうのもあるだろうけど、BeatlesやRolling Stonesの初期はモノラル・レコードだったのを知っている方も多いでしょう。
じゃあレコードを造る、バンドの奏でているサウンドをレコーディングするのはどうしてかっていうと、上の写真のようにバンド全員で「せーの」で演奏するのをテープに録ってたんですねえ・・・
その演奏をテープに録るのも、マイク1本もしくはよくて数本を立てたものを3chとかのミキサーでバランス取ってモノラル = 1chに混ぜるのがせいぜいだったんですよ。
っていっても、実際にこの頃のコトを俺が知ってるワケじゃないんだけどさ(笑)
そういう機械的や技術的な理由があってモノラルしかなかった時代、いかにその場の空気やサウンドを捉えるか??っていうテーマがあって、どの位置にマイクを立てたらいい音で録れるか???の試行錯誤があったんでしょう。
それと同時に、いかに繊細にサウンドを拾うかっていう観点でマイクが造られてたから、この時代のマイクにはいまでも現場で使われる優秀なものが多いし、当時の録音には感心するくらいよく録れているものも多いよね。

そういうマイキングのノウハウは現代でもクラシックやジャズのレコーディングで活かされてますが、ポップミュージックにおいてレコーディングの概念を一変させてしまう出来事がありました。
「マルチトラック・レコーダー」と「STEREO」の登場ですね!
マルチトラックっていっても、3トラック程度のものであったワケですが、レコードに多彩な表現力を与えたいアーティストやエンジニアによって「ピンポン」というテクニックが使われだし(2トラックまで録音したら、空いてる1トラックにまとめて録音、元の2トラックに新たに録音を重ねる。2台のレコーダー間で行われることもある)単にその場のサウンドを記録するだけではない、クリエイティヴなサウンドが生み出されるようになりました。
こうなると、音質の劣化が避けられないピンポンよりも、より多くのトラックをレコーディング可能なレコーダーが求められるようになって来るし、それをまとめるためより多くのチャンネル数を持つミキサーも求められるようになって来るよね。
そういった流れが進んだ同時期に登場した「STEREO」という概念が、さらにその流れを進めることになったんですよ。
確かに設備の整ったシアターで映画を観る時など、自分のまわりを取り囲むように配置されたスピーカーから聴こえて来る環境音のリアルさは、サラウンド・サウンドのアドバンテージかもしれません。
しかし、よ~~~く聴くとそれでも音楽がフィーチャーされる場面では前方、いわゆるステレオが基本になっていることに気が付くでしょう。

上の写真は、レコーディングがアナログのみで行われていた頃、究極のレコーダーとして存在していたSTUDER A820ですが、24ものディスクリート・トラックを持ちながらも、最終的には2chステレオにまとめるためのマスターとして使われていたんですよ。
もちろん、アナログレコードの時代でも4chが試された時期があったし、DVD AudioやSACDのデジタル時代では5.1chサラウンドが可能になったりもしましたね。
でも、なんだかんだいっても音楽というフィールドでは、最終的に’60年代から続くステレオというフォーマットが標準となっています。
技術的には問題のなくなったサラウンド・サウンドですが、5.1chを再生するのに6本のスピーカーが物理的に必要だったり、それを最適に聴くための部屋の大きさが必要だったり、リスナー側のプライオリティの置き方が、音楽を聴く上でサラウンドが標準化しない原因かもしれません。
しかしなによりも「STEREO」というフォーマットが、音楽を楽しむために最適な条件を持っているコト、60年にもおよぶノウハウの積み重ねによる成熟したフォーマットだから、というのが理由なんだと思います。

そもそも「音」を記録するという概念のなかった時代から音楽はあったワケだし、その頃音楽がどのように聴かれてたかと言えば、実際に演奏されているのをその場で聴くしかなかったんだよね。
必然的に演奏する側はリスナーに向きあうように、リスナーも基本的には自分の正面に演奏者が来るように陣取る、っていう図式が出来上がったと考えます。
それを人間が2つの耳で聴くっていうのが、ステレオっていう概念にうまくマッチしたように思えるんですよ。
たかだか1本だったスピーカーが2本になっただけのステレオ、この効果が音楽もたらしたものは絶大でした。
広がりや奥行きといった、空間の表現力がモノラルと比較して格段に向上しただけでなく、ノウハウの蓄積が進むにつれ、その場の空気を再現するにとどまらないエフェクティヴな演出までも可能になったんですよ。
だから最新のアナログ・コンソールでも、ミュージック・プロダクション向けのSolid State Logic AWS924/948(上の写真ね)だと、5.1chには対応してるものの基本的な考えはSTEREO MIX!っていう造り方になってるんだろうねえ。

しかし、レコーディング・ツールにデジタルが導入されるようになり、エンジニアがアナログ機器にあった物理的制限から解放されるようになってからは、ステレオというフォーマットに変更はないものの、また音楽が大きく変わってしまったように思えます。
技術的、物理的な限界まで拡張をして来たアナログ・レコーダーにしても、しょせんリニアでの記録になるワケだから物理トラックを超えたレコーディングは出来ません。
これに対してデジタル・レコーダーにはノンリニアっていう特性を生かした「テイク」っていう概念が出て来たんですね。
つまり、一発勝負だった演奏を何度でもやり直し出来るようにしたってコトなんだよ。
しかもデジタル・テクノロジーが進化するにつれ、ピッチの補正やグルーヴさえコントロール出来るようになって来ていて、それをコンピューター内部のみで行えるようになって来たんです。
となれば、お金のかかるスタジオ・フィーを出来るだけ抑えるために、そこそこの演奏が録れれば後は事務所に戻ってエディットする、なんていう流れさえ出来てしまったんじゃないかなあ・・・

俺がPyramixによるDSD256レコーディングに希望を持っているのは、その生々しいサウンドだけではなく、音楽を置き去りにしてしまったような現代のワークフローに違う流れをもたらせてくれるんじゃないか???って思えるところだったりします。
なんといっても、DSD256マルチトラック・レコーディングって、以前アナログ・レコーダーだった部分がデジタルに置き換わっただけっていえちゃうからさ(笑)
でもここでも問題が・・・
せっかく素晴らしいサウンドでレコーディングしたDSD256のマルチトラックを、素晴らしいサウンドでSTEREO MIX DOWN出来るアナログ・コンソールがなくなってきてるんだよ・・・
これもコンピューター内部で完結出来るデジタル・システムの弊害なのかもしれないけど、音楽を生み出すっていうクリエイティヴなコトに効率化とか、利便性とかを追求しちゃいけないよなあ・・・

Thank You!
