核Pを含めたヒラサワソロで一番好きな曲かもしれない。静かに淡々と燃える青い炎をイメージする。かなり過激な曲が多いアルバムの中では異色だ。淡々としたヒラサワのヴォーカルに背筋が凍る。サビが1回しかないのも良い。
で、この曲はタイトルからして、正義の曲?うーん「正気」の曲か。ただ、抑圧された正気を感じる。それこそ、「アンチ・ビストロン」や「崇めよ我はTV」が大げさなくらい開放された曲であるのと対照的に。
歌詞は例によって難解だが、個人的にこれはウィンストン・スミスの曲のように感じた。ウィンストン・スミスとは、このアルバム収録の「Big Brother」のモチーフになった、というかこのアルバムのモチーフになったジョージ・オーウェル作のディストピア小説「1984年」の主人公だ。「樫のデスク」うんぬんの2番の歌詞はスミスが真理省で働くさまを描いているようだし、3番の「長い食卓」は小説内で出てきたまずいシチューしか出ない省内の食堂のように思える。
「1984年」はSF小説という分類だが、もはや今の時代は小説で描かれていることが現実に起こっている。ウィンストン・スミスのようだ、とは言っておきながら、この曲の歌詞は今を生きる人すべてに当てはまるだろう。「ウソ」が「真実」になり、「歴史」は「記録」でしかない。「記録」は書き換えることができる。
正気ははるか遠く彼方。しかし、まだ消されてはいない。空はまだある。ビッグブラザーをやっつけろ。ビッグブラザーをやっつけろ。
静かに言葉を紡ぐ。「晴れませ」と。
これは、自分に対して言っているのか、世界に対して言っているのか?もしくは、ヒラサワがリスナーに言っているのか?
また先述の発言をひっくり返すことにはなるが、自分がこの曲のモチーフになったと思っているウィンストン・スミスは、アンチ・ビストロンの餌食になった(と言っていいのか…?)。
じゃあ、今ここにいる皆はどうなる?皆とは、あなたたちの事だ。
それは、自分で考えなさい。