蜃気の王子 56
いつの間にこいつはこんなに強くなったのだろうか?ユンホが一度目に来た時は最悪だった。かなり長く一緒に生活をしてもらい狩りの仕方も教えてもらっては泣いて、また教えてもらうの繰り返しだった。自分の事でいっぱいいっぱいで俺の事はもちろん、ユンホや最初に付いてきた世話係の事まで気にする余裕は皆無だった。自分が生きていくだけですべてのエネルギーを消費してしまい、日が暮れるとすっかり子どものように無防備なまま転寝をして意識を保てなくなっていた。そんな生活を続け、とうとうユンホが王国へ帰った時は親に捨てられて子猫のようにしょんぼりとして何を言っても生返事で半べそをかいていた。このままでは俺の身が持たないと判断し厳しくしかりつけ、半ば喧嘩別れのように決別して姿を現さない日々を過ごしたがそれもだんだんと、こいつが出来ることが増えていくにつれ俺も態度を改め、出来たことに関しては褒めてやり、出来てない事は注意するようにした。それからは二人三脚の要領で得意分野は口も手も出さずユチョンに任せ苦手分野は必要なだけ手を出してあとは自分で出来るようにと助言だけをした。もちろん失敗することが多々あったがそれもその場では叱らず、及第点で満足し後は俺が片付けておいた。そんな俺の行動は知る由もないと思っていたのにある日、いつもありがとう。と声を掛けられたことで、こいつはちゃんと自分以外の事にも目を向けれるようになったとはじめて気づかされた。俺が気付かないほどの「気」で見ていた。それは相当高度な技術だ。同じ体内に宿っていて俺が行動する時はユチョンの意識は眠っているはず。眠らさねば俺が動けない。なのに、こいつは俺の行動を眠っていながら把握していたという事だ。静かなる気と言うものがあると聞いたことはあるがそれを持っている者に出会ったことはない。この気の使い手は稀だと聞いていたからだ。この能力こそが生まれてすぐに兄を差し置いて王位継承権を授かった理由なのかもしれない。そしてもう1つ。こいつは小さな小さな隠し事を見つけることが出来ているようだ。だれしも取るに足らないほどの秘密は持っている。罪となるような大きなものではなく悪戯の延長のようなもの。はたまた,小さな嫉妬による野望のようなものだ。兄弟間の喧嘩で生じる一時的な悪の気持ち。それを見つけることが出来る。俺がこいつに対して変化した想いを、いとも簡単に汲み取られてしまった。俺としてはかなり慎重に隠していたにもかかわらずだ。だから並の魔族の秘密なんぞは目を凝らすことのなく、気を集中することもなく自然とその体に入っているだろう。そんなこいつが数日前から深夜になると物凄い集中力で何かを得ようとしている。数時間にも及ぶ長い時を月の光だけを頼りに空を見つめ周りの気を渦のように動かせてその中心にすわりブツブツと何かつぶやいている。俺はその様をあいつの内側からみているのだが金縛りになったみたいに全く動けない状態で「気」だけが入ってくる。相当重たくて痛くて苦しい気を放ちそこにもっと邪悪な闇の気を取り込もうとしているのだ。誰の闇の気を取り込もうとしているのか気になり、俺も集中してこいつから情報を得ようとしたが見事に跳ねのけられてしまった。さすがは王族であり王位継承権を持つ王子。そう簡単には俺にも見せることはしない。でも・・・・その気の中にこいつの悲しい想いが多く入ってくる。何を悲しんでいるのか?心をそんなに震わせてまで得なければいけない事なのか?王になるにはお前らしさを捨てないといけないのか?俺はそのままのお前が好きなのに・・・・