母と息子 そして3匹の猫の物語

母と息子 そして3匹の猫の物語

イマドキの息子に振り回される私を、にゃんこ3匹が支えてくれています。
そんな日々を綴ります。

父が亡くなった


地元を出て23年


最後に父の顔見たのは、

去年入院先にお見舞いに行った時


腰の骨を折っての入院だったが

入院中に何らかの菌?が出たようで

面会できないと断られたが

遠方からきた事を伝えて

廊下からドアを開けてもらっての面会だった。


小さな声で「娘と孫や!遠いとこから来たんや!入れてくれ」と、看護師さんに訴えていたが、断られていた。


これが最後になるのなら

無理にでも入ればよかったと

今は、後悔しかない


母が亡くなった後

3ヶ月程で、目の前の家に住む人と付き合い始め、我が家に当たり前に入ってくるその家族に、嫌悪感でいっぱいだった。


その人も、数年後には亡くなり

また1人になった父は

飲み屋のママとも付き合ったのちに

また1人になったようだった。


私が地元を出た後は、

兄が面倒をみてくれるからと喜んでいたが、そうは上手くいかなかったようで、父は亡くなるまで1人だった。


しつこく電話をしてきては、

兄の子供の自慢話が始まる


私は、苦痛でしかなかった。


仕事、休み、関係なく

早朝から鳴り響く電話


ほとんど無視をするようになった


時には、ハッキリ「そんな話しとるけど、兄ちゃんには面倒みてもらってないんやろ?」とキツイ言い方もした。


ここ20年程は、何年かに1度、それも友達から背中を押され実家に行く事があったが、仏壇を参った後さっさと帰ろうとする私を、友達が止めた。


なんで私、そんなに冷たかったんだろー...


父が1人だった時期、仲良くしていた時期もあった。


考えれば、こっちに来てから家族になったニャンコが亡くなった時には、泣いて電話をした。


都合が良かったんだ、私。


兄と疎遠になって38年


父の死も、連絡がなかった。


夜、父の妹から仕事中にかかってきた電話


「お父さん亡くなったの、連絡あった?」


一瞬にして力が抜けた


兄から呼ばれたわけではない


行っても良いものか...


38年という時間は

長すぎる


今度は、職場の先輩が背中を押してくれた。


「後悔する!行ってきな!」


献体の登録がしてあった父には

時間がなかった。


翌日、葬儀と通夜を同時にし

次の日には、大学病院に見送る手筈ができていた。


私と息子達は、早朝から向かった。


家族葬...


別館の小さい式場


数えられる程しか人もいない


そして


38年振りに会う兄


お互い様だか変わり果てていた


私をじーっと見つめる人


お互い見つめた後


兄から「遠いとこありがとー」

私は「久しぶりやなぁ」


ぎこちない会話に、友達の「兄ちゃん変わったなぁー!」の言葉が場を和ませた。

いつも私を助けてくれる彼女。

今回も、家族葬にたった1人来た他人ではあるけど、いつも私に父に会

うように背中を押したのも彼女だった。行けば、父に食事や飲み物を用意してくれたのも、彼女だった。

今回、その存在にどれほど感謝しただろう。


そして、父との対面


息子達は、変わり果てた祖父が

自分達の知ってる祖父と重ならず

呆然としていた。


実は私も、これ本当に父ちゃん?

別人じゃ?

そう思った。


献体に行く為か、すでに棺の蓋がしてあり、顔にも透明のプラスチックの蓋がしてあった。


触ってあげることすらできなかった。


親不孝娘でごめんな


いつかは、こうなるって分かってた


分かってたはずなのに

私は、最後まで父を喜ばす事ができなかった。


自宅に帰ってきた今


早朝から鳴り響く事のないスマホを


ただほんやり眺めて


しつこい電話を恋しく思う私


やっぱりあほやわ  私


なっ父ちゃん