中万の町と寺院、鬼の墓

 

2019(令和元)年10月30日(水)

 

 

堀木家から聖徳寺に向かいます

 

 

聖徳寺は字のごとく聖徳太子ゆかりの寺で

 

太子山聖徳寺といい浄土宗の寺です  14:15分

 

この寺に鬼の墓があるというので寄ってみました

 

 

言い伝えでは

 

その昔、中万市の日に毎年子供が行方不明になっていました

 

ある年の中万市の夜

 

酒屋で大男が一人で酒を飲んでいました

 

男の胸元からは赤子の腕が見え

 

男はそれを肴に一杯やっていました

 

それに気づいた村人たちは

 

大男が酒に酔いつぶれるのを見計らって家に火をつけ

 

焼き殺しました

 

憎き鬼とはいえ死ねば仏

 

鬼の墓を河原に建て供養したという言い伝えです

 

 

街道に戻ると

 

前方に神山一乗寺がみえます

 

 

中万の東端の神山一乗寺は

 

標高131mの神山にあり本尊は聖徳太子が伊勢参拝の際

 

この地で自ら薬師如来像を刻み

 

創建(飛鳥時代)したと伝えられています

 

宗派は天台宗です

 

 

南北朝時代には山頂に神山城もありました

 

 

神山さんは、かなり距離もあり山寺なので断念

 

ここで引き返します

 

御麻生園、豊原線(701号)から離れ、田んぼ道を歩くと

 

弘道寺(浄土宗)が、ありました

 

 

 

すぐそばに石前(いしさき)神社があります

 

 

これから射和に向かい田んぼ道を歩きます

 

 

途中で、この広い農道は旧松電跡でないかと気づきました

 

 

三重電気鉄道松阪線は

 

大正元年(1912)開通しました

 

松阪と櫛田川中流の大石を結ぶ20.2㎞の鉄道路線でした

 

 

開通当初は地域の足を独占しましたが

 

昭和19年(1944)県内の鉄道、バスを統合し

 

三重交通が発足し傘下に入ります

 

しかし国鉄が紀州東線を開通したことによる競合

 

さらにモータリーゼーションの進行で

 

昭和39年(1964)2月

 

三重交通から三重電気鉄道は分離し近鉄に合併されます

 

ところが、その、譲渡される直前の12月に

 

全線廃止が決定されるのでした

 

えーん

 

射和の町に入ってきました  15:10分

 

旧松電の射和駅は広い構内を生かし

 

今は、バスロータリーになっていました

 

 

 

今日の出発地点の白子屋さんです

 

 

今回の松阪散策の動機はこのポスターでした

 

 

松阪の中万市は室町時代から

 

伊勢湾台風(昭和39年9月)1959年が来る年まで

 

毎年開催されていました

 

対岸から渡船をつかい多くのお客さんで賑わいました

 

駄菓子屋、バナナのたたき売り、子ども達も小遣い銭をもらい

 

楽しい一日を過ごしました

 

その中万市が3年前の平成29年(2019)に60年ぶりに復活しました

 

中万公民館前にあった掲示板です

 

 

射和・中万のまちは、すごい町でした