2017(平成29)年11月15日(水)
大阪城前のガイド事務所で待つこと15~20分
ボランティアガイドさんが見えました
天守閣の案内はありませんが、大阪城内の案内をいたしますとのことです
大阪城公園の広さは106,5Ha(319,440坪)
甲子園球場27個分の広さです
まず、すぐそばにある金蔵に向かいます 11:15分
一般的には見過ごしてしまいます
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/e1/dc/j/o0500037514491454116.jpg?caw=800)
江戸幕府が畿内西国の金貨、銀貨を保管した金蔵です
元禄16年(1703)年の記録によると
現在に換算すると500~800億円の金銀があったとされています
過去二度ほど盗難、紛失事件があり
一つは元文5年(1749)
大坂城を守衛する旗本の中間(ちゅうげん)、梶助なるものが金4000両を盗み
すぐに発覚、梶助は捕まり市中引き回しの上、磔になったとあります
又、監督責任を問われ多くの役人も処分を降されています
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/4c/d9/j/o0500034614491454122.jpg?caw=800)
少し歩いて内堀の水濠と空堀の境目を確認します
空堀の幅は同一とのことです
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/0d/f3/j/o0500037514491454131.jpg?caw=800)
大阪城内のボランティアガイドガイドには
①大手門コース ②青屋口コース ③玉造口コース の3コースがあり
まずは②の青谷口コースです
天守閣を後に朝来た道を戻ります
山里口出枡形に入りますが
西方向(向かって左側)に隠し曲輪があります
![イメージ 13](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/aa/ba/j/o0500052814491454140.jpg?caw=800)
ここの石垣に注目です
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/af/3c/j/o0500037514491454150.jpg?caw=800)
藩の刻印が間近に見られます
![イメージ 5](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/73/39/j/o0445060014491454159.jpg?caw=800)
赤く紅葉した木は琉球ハゼです
![イメージ 6](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/e7/1e/j/o0500037514491454168.jpg?caw=800)
山里丸内の広場に出てきました
大きな石が居並んでいます 刻印広場と言われ
大阪城築城の石垣用の石を水路で運ぶ途中水中に落ちた石を
拾い集めたものです
![イメージ 7](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/f9/ed/j/o0500037514491454182.jpg?caw=800)
刻印と藩名が記されています
![イメージ 8](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/a0/51/j/o0800054314491454190.jpg?caw=800)
慶長20年=元和元年(1615)
大阪夏の陣で豊臣秀頼と母、淀君が山里丸の地で
自害したと伝えられています
それにちなみこの地の一角に記念碑が建てられました
![イメージ 9](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/d9/13/j/o0500037514491454203.jpg?caw=800)
大阪城に戻ります
本丸御殿跡広場にあるタイムカプセル
昭和45年(1970)の大阪万博を記念して
世界各国2098点の物品を1mのカプセルに同じものを2個
翌年の3月に埋設したものです
![イメージ 10](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/4a/b0/j/o0500037514491454216.jpg?caw=800)
1個は毎世紀初頭に、残りの1個は5000年後に開封されます
第1回目の掘り起こしは2000年3月15日に行われ
炊飯器、テレビ等の電化製品は正常に作動し
植物の種子も生きていたそうです
作業点検後、再埋設され今度は2100年の初頭に開封されます
![イメージ 11](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/0e/e0/j/o0500037514491454231.jpg?caw=800)
この本丸広場のそばに日本庭園があり
波のない日には池に逆さの大阪城が映り撮影スポットになっています
![イメージ 12](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/25/a2/j/o0500037514491454239.jpg?caw=800)
城内図です
![イメージ 35](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/b4/49/j/o0800046714491454250.jpg?caw=800)
ここからは①の大手門コースに入っていきます
大阪城内一番の巨石、蛸石です
高さ5,5m 幅11,7m
広さは畳、36畳敷きのひろさで重さ130トンです
![イメージ 14](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/54/6d/j/o0500037514491454257.jpg?caw=800)
蛸石の左側に城内3位の振袖石があります
あまり目立ちませんが33畳敷きの大きさです
![イメージ 15](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/64/6c/j/o0500037514491454268.jpg?caw=800)
蛸石のすぐそばの門は桜門です(裏から見ています)
明治維新で焼失しましたが明治20年
江戸時代と同じ高麗門形式で再建されました
![イメージ 16](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/c8/f3/j/o0500037514491454278.jpg?caw=800)
こちらが正面の桜門です
左右に巨石があり竜虎石と言われています
右が竜石(巨石10位、高さ3,4m幅6,9m畳14畳敷き52トン)
左が巨石11位の虎石、高さ2,7m、幅6,9m畳11畳敷き40トンです
![イメージ 17](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/b9/56/j/o0500037514491454285.jpg?caw=800)
いいお天気で暑いくらいです
![イメージ 18](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/a2/ff/j/o0500037514491454294.jpg?caw=800)
西の丸庭園の広さは6,5haで桜の時期が最高です
西の丸は当初、秀吉の弟秀長の屋敷があり
その後、おね(北政所)、徳川家康も居を構えた地で
江戸幕府になってからは大坂城代の上屋敷となっていました
![イメージ 19](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/37/a3/j/o0500037514491454319.jpg?caw=800)
また園内にある大阪迎賓館では
1995年(平成7)村山内閣(自社さきがけ連立政権)のとき
APEC(アジア太平洋首脳会議)のメイン会場として使用されました
この年の1月は阪神淡路大震災
3月はオウム真理教による地下鉄サリン事件が勃発しています
西の丸庭園入り口にあるイチョウの木
大阪管区気象台指定の季節観測標本木だそうです
![イメージ 20](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/c8/d0/j/o0454060014491454332.jpg?caw=800)
![イメージ 21](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/4a/b7/j/o0500038714491454343.jpg?caw=800)
大阪城正門の大手門に出てきました
![イメージ 22](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/56/c2/j/o0500037514491454349.jpg?caw=800)
折しも新郎新婦もお出ましです
![イメージ 23](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/33/f5/j/o0500037514491454355.jpg?caw=800)
千貫櫓
![イメージ 24](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/21/be/j/o0500037514491454361.jpg?caw=800)
大手門を潜ると巨石の石垣と土塀で囲まれた
大手口枡形があり石垣上の長屋風の櫓が多門櫓です
![イメージ 25](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/24/8e/j/o0500037514491454369.jpg?caw=800)
ここにも巨石が三つ並んであります
真ん中が大手見付石(4位)高さ5,1m幅11m29畳敷き重さ108トン
左が大手二番石(5位)高さ5,3m幅8m23畳敷き重さ85トン
右が大手三番石(8位)高さ4,9m幅7,9m22畳敷き重さ85トン
この三つの石は元は一つの巨石で
切り出し面の模様、シミが同じように見られます
![イメージ 26](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/b7/23/j/o0800058114491454377.jpg?caw=800)
真ん中の大手見付石 せり出しています
![イメージ 27](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/a2/26/j/o0500037514491454383.jpg?caw=800)
左側の大二番石 へこんでいます
![イメージ 28](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/b3/f9/j/o0500037514491454390.jpg?caw=800)
お世話になったボランティアガイドのkanayaさん
英語でもガイドされるそうです
![イメージ 29](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/51/d1/j/o0400025214491454401.jpg?caw=800)
お別れしたのが12:45分
実に1時間半の城内ガイドでした
やはり時間が許せばガイドさんに付くことをお勧めします
深みが増します
有難うございました
行き来た道を引き返します
![イメージ 30](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/03/7a/j/o0500037514491454408.jpg?caw=800)
今日、公演のグレイですね
![イメージ 31](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/5d/77/j/o0800052614491454416.jpg?caw=800)
お昼はここ
![イメージ 32](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/f5/6d/j/o0500037514491454422.jpg?caw=800)
私は近松うどん 税込み648円
![イメージ 33](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/da/d1/j/o0500037514491454427.jpg?caw=800)
家内はきつねうどん 税込み810円
![イメージ 34](https://stat.ameba.jp/user_images/20190704/15/mmmt345/1b/a9/j/o0500037514491454436.jpg?caw=800)
時刻は13:40分
水上バス乗船まで20分です
続きます