2016(平成28)年8月28日(日)
駐車場から車に乗り
長町武家屋敷群に向かいます、方角としては香林坊の西、一帯ですね
金沢駅から10分足らずで長町に到着です
裏通りの道で、歩行者も多くマイカー見物は控えた方がよさそうです
たまたま1台空きスペースを見つけました(5~6台)
最初の30分が300円、以降30分おきに100円が相場です
まず加賀藩直臣の野村家から入りましょう
入館550円 休館 12/26,27のみ
4月~9月 8:30~17:30 10月~3月 8:30~16:30
武家屋敷で公開されているのは野村家のみです
野村家は2009年ミシュランの観光地格付けで星二つ
金沢では、最高の星3つは兼六園、2つは21世紀美術館、石川門が星一つです
米国の庭園専門誌では
1位足立美術館、2位桂離宮に次いで3位にランクされています
樹齢400年の山桃や椎の木
六尺に及ぶ大雪見灯、さくらみかげ石の大架け橋が絶妙に配置されています
また濡れ縁のすぐ下にまで迫る池の水、屋敷と庭園が見事に調和しています
この甲冑は当主、野村伝兵衛信貞が
末森城合戦で一番槍の功名を挙げた時着用していたものです
天正12年(1584)9月
加賀、能登、越中の要の城、末森城(加賀藩重臣、奥村家福が預かる)を
家康と組んだ佐々成正が8000人の軍勢で急襲
秀吉派の前田利家は金沢から2500人の寡勢で背後から挟み撃ちに
後詰めの戦法で勝利した戦でした
加賀藩お抱え絵師、狩野派の佐々木泉景の山水画の襖
上段の間の解説です
上段の間です
謁見の間です
この豪華な二つの間は
藩政時代、北前船で攘夷、樺太に通商し藩政を支えた
加賀支藩の大聖寺藩下の豪商、久保彦兵衛が藩主を招くためこしらえた間で
その後、この地に移築されました
上段の間と縁の間に聲桶なる箱があります
鶯の鳥籠を桐の箱に入れ、鳴き声を共鳴させて風情を楽しむためのものです
邸内に鬼川思考なる資料館があります
名の由来です
展示品の一部です
二階から見た庭園です
茶室です
ここに野村家の無料があったんですね
慶長年間、富永勘解由左衛門が
この辺り一帯流れる用水を鬼川と名付けました
この先がよくロケ地に用いられるところでしょうか
野村家の裏の道を香林坊方向、東に向かっています
九谷焼の絵柄の入った灯篭です
解説です
九谷焼、随一の鏑木商舗です
すぐ近くにこの方のお家が…
元谷外志雄氏
奥さんの元谷芙美子氏
アパグループ会長のお宅です
元、信用金庫行員から一代で財を成しました
振り返ってみましょう
凄いもんですね
先に進みましょう
金沢は着物姿の似合う町です
さらに進むと香林坊の一本裏通り辺りです
飲食店が多いですね
金沢市を流れる二つの川
浅野川と犀川 おとこ川と呼ばれる犀川に到着です
犀川を見て、武家屋敷街に戻ります
金沢市老舗記念会館です
入館しましょう
この老舗記念館は藩政時代からの薬種商、中屋薬舗の建物を
昭和62年中屋家から寄付を受け
金沢市が伝統的町民文化の展示施設としてオープンしたものです
店の間 和室16,5畳
金沢らしいですね
てまり
婚礼模様
結納の加賀水引
工芸菓子
工芸品の傘
この金沢市老舗記念館お勧めです
川向こうの前田土佐守資料館も覗きます
写真撮影禁止です
前田利家とまつの次男、利政を家祖とする加賀藩きっての名家です
前田利政は七尾城にて能登22万石を領する大名でしたが
関ヶ原合戦で家康の要請に背き、領地没収、その後京都に隠棲しました
利政の子、直之は祖母まつに引き取られ養育され
まつの尽力もあって3代藩主、利常に召し抱えられることになりました
以降1万石の禄高で代々八家の一つとして藩の要職を歴任し
10代、直信の代に明治維新を迎えます
長町武家屋敷街に水量豊かな用水が流れ
情緒豊かな街づくりにマッチしています
まだまだ見たいところもありますがそろそろ
お天気も気になり切り上げ時です 12:45分
帰路、女形谷サービスエリアに寄ります 14:35分
いい旅でした
有難うございました